まだ、もう少し先の話だが、これまた剣呑なニュースがやってきたぞ。
www.tokyo-np.co.jp
現在1割の後期高齢者の自己負担比率を、2割に上げてゆくらしい。
ちょっと前に財務省が「医療費を下げますよ!」みたいに名言していたニュースがあった。
(あ、これは我々が支払う自己負担を下げる、医療費そのものを切り下げてゆくということです)
www.m3.com
今(9月〜11月)は2020年度の診療報酬改定の詰めの段階。このタイミングで財務省のこのアナウンスメントには、いつも大きな意味が込められている。
ちょっと前に、僕のブログにしては珍しくバズった記事があった。
hanjukudoctor.hatenablog.com
ブックマークでは随分批判もいただりもしたが、一言でまとめると、
という話である。
これに対して、
- 景気を冷え込ますようなことをしてどないすんねん、
- 亡国の財務省官僚乙
みたいな感想も多く見られた。
まあ、僕もそこはそうも思う。
でも、これから先に、とめどなく上がってゆく医療費・年金・介護保険費用のことを考えたら、多分なりふり構ってらんないのかなあ、なんて思う。
制度をクラッシュさせずに継続させるには、どうしたらいいか。ということを官僚は真剣に考えている。
どないしたって、すべての人が満足できるような政策はとれない。
痛みを分かち合いながら、妥協点をさぐるしかない。
病院の3割が赤字である、というのが発表されても、さらに医療費は下げる覚悟。
これは、総量が増えるので一人当たりの単価をどうしたって下げないと回らないから仕方がないのだ。
2030年くらいまで、医療機関は「生かさず殺さず」のていで取り扱うということだと思う*1
* * *
1割負担が2割負担に増える。
単純に「1割増えるのか」と思う阿呆はいないと思うけど、
もし医療費が同じであれば、窓口で払うお金は、倍に増える。
消費税の2%増なんて目じゃない。*2
倍だぜ、倍。
もちろん、ここにはからくりがある。
例えば生活保護世帯は自己負担がそもそもゼロで、関係がない。癌や重篤な内臓疾患があって入院、通院をしている人は、高額療養費制度で、倍にはならない*3。
では、どうなるかというと。
かかりつけ医のところにゆるゆるとかかっている、生活習慣病の人、糖尿病なども1剤や2剤でコントロールできているような人。
比較的軽症で、予防医療的な内服治療を受けているような「元気中高年」の負担は純粋に増える。
年金の中で医療費のやりくりをしている人にとっては、相当な打撃になる。
Opじゃない整形とか、ペインクリニック、耳鼻科・皮膚科もおそらく打撃だ。
地域の診療所、いわゆる開業医に関して言えば、顧客の30-60%程度が、こういう「ライト・ユーザー」がターゲットだ。
こういう人たちがどういう受診行動にでるかというと、一部の生活に余裕がある層を除いて、自己負担分を維持する方向に動く。
つまり医療費の総量を切り下げてゆく。
なんとなく採血していたのが、採血は半年に一度でいいです、とか検査をしぶったり。
月一回の受診を守らせる医療機関から、2ヶ月・3ヶ月ごとの受診を許容する医療機関に流れる、ということもあるだろう。
開業医は、一人の患者さんの支払いを最大化しようと無意識に考えて診療計画を立てることが多い。
そこに患者サイドから抑制がかかる。
この辺り、ネゴシエーションを患者さんときちんとできるようにならないと、厳しい。
何も言わず検査をドチャクソ盛ってくるような先生は、敬遠される可能性はある。
その意味で医師〜患者の対話がきちんとできる若い先生が有利になるかもしれないが、損益分岐点がかなり上がるので、新規開業はかなり厳しくなりそうな気がする。今の開業医の勢力の中で「みんなで冷や飯食え」というのが基本方針なので、新規参入を許すかどうか…かなりタフな戦いになりそうな気がする。ま、そのあたりを見越して、一昨年くらいから、当地域でも新規開業が妙に増えていた。
多分ラストチャンス、という感じなんだろうね。
* * *
もっとも、ポリファーマシーについては解決に向かうのかもしれない。
今までは、ガイドラインにしたがって、高血圧・脂質・尿酸などについて治療目標に従い投薬していた。
高齢者は複数の疾患を抱えることも多く、気がつくと5種類、10種類と内服薬が増える、なんてことはざらにあった。
この状況(多剤服用=ポリファーマシー)を減薬しましょうね、という潮流は数年前から始まっている。
が、色々あって、なかなか進んでいない現状がある。
しかし、自己負担が増えれば、より大胆な減薬が、患者さん側から要求される可能性が高くなると思う。
(それを容認しない開業医の元からは、おそらく患者さんは立ち去ってゆくだろう)
75歳以上の高齢者に関しては、降圧などによって得られる恩恵、予後延長効果というのは、明確なエビデンスが少ない。
(ナショナルスタディなどはあるが、大規模な介入研究は、交絡因子が多すぎて結構難しいのだ)
だから「75歳以上では、そもそもガイドラインに沿った治療目標に根拠はない」と強弁された時に、反論ができない。
だから、多分、後期高齢者に出す内服薬を減らしてゆく、という方向のもとで、多分この「75歳以上には予防の効果のエビデンスがない」という金科玉条は持ち出されるんだろうな、と思う。
実は「『予後延長効果があった』というエビデンスがない」というだけで「『予後延長効果がない』というエビデンスがある」ではない。多分その辺は意図的にミスリードして、高齢者に脂質や血圧の薬は効かない!なんていう声が大大的に叫ばれてしまうのかしら。
* * *
「部屋を片付けて、素敵な生活を営むために断捨離しちゃいましょう♪」とか言っていた人が、生活が苦しくて、
「食費が足りないので、このタンスをセカンドストリートに売っちゃいます……」になるようなもので、
今は「ポリファーマシーによる、副作用や服薬コンプライアンスも悪化を食い止めるために減薬しましょう」というのが、
自己負担2倍時代には「もう薬代がかかってかなわんから減薬してくれ」というあけすけな理由になるんだろうね。
なんだか、現実世界が、藤子不二雄Fの『定年退食』じみてきた!
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個人的には、この元気世代の自己負担はともかく、お金がかかるわりに意義が少ない医療にメスは入らないのか、と思う。
例えば、要介護4・5で、自己決定権の失われた人たちに対する、濃厚な医療ね。
経営者としてはここにメスが入るのは正直痛いところではあるのだが、地域全体・医療界全体を考えると、見直しが必要ではないかと思う。