半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

45歳の早期退職勧奨はあんまりではないか

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なんか剣呑なニュースが飛び込んできたぞ。
headlines.yahoo.co.jp

就職氷河期世代」は、すなわち僕らの世代だ。

私は幸い医学部、つまり資格取得できる学部だったため、幸運にもあまり関係なかった。
が、そうでない学部の同級生たちは就職活動で苦杯をなめていた。

90年代から21世紀にかけて、日本経済は大きく地殻変動を繰り返した(地盤沈下ともいうが)。
日本の企業もその地殻変動による微震や激震の影響を大なり小なり受けていた。
バブル崩壊後、その地殻変動の第一波が、就職氷河期という形であらわれたのだと思う。
企業はついぞ経験のしたことがない地殻変動に動揺し、身を固くし、既存の職員を守るために、新参者に門戸を閉ざした。

その後、地殻変動がずっと続くことがわかっていれば、企業もあんな行動をとらなかったかもしれない。
が、あくまであの時は「日本経済は一時的に冷え込んだだけだ」と解釈されていた。
結果的に、本来もっとも人口が多く層が厚くなるはずの我々の年代の多くは、正職員への道を阻まれた。
まだ「企業に属することが社会に属する」と当たり前に受け止められていた時代。
今ほど、多様性が認められていなかった時代、それはどれほどキツいことだっただろう。

新卒で就職するしないで、運不運の明暗がはっきりわかれたわけでもない。
就職した人間も、様々な目にあった。
新卒で「幸運にも就職できた」企業も激震に見舞われることもある。
会社が船のようなものだとすれば、新参者の僕らは、船に余裕がなくなれば、一番に放り出される存在だった。

僕の大学の同級生で文系だったものは、新卒から同じ企業に勤め続けている者は少ない。
みな、地殻変動をひょいひょいとやりすごして、今に至っている。

あるものは、直下型地震の影響をうけ、吹き飛ばされ、あるものは地割れに呑まれていなくなった。
それは、等しく全ての年代の日本人に起こったことだが、我々はたまたま生活基盤の脆弱な時期にその影響をまともに食らったということになる。

* * *

世代ごとまとめて「人生再設計第一世代」と呼称されるのも、腹立たしいことだよな。
大方間違ってはいない事実も、腹立たしさに輪をかける。
政府にしてみれば「おまえらえらい目にあっているんやから、助けてやろうやないか」という善意から発せられたものではあるが、
これって、例えば未婚の30代女子に「いき遅れ世代」とかいうのと同じくらい、あかんやつですよ!?
ほんとにもー。

* * *

このニュースをうけて、人気はてなBlogger フミコフミオ氏も言及している。
奇しくも、氏も私とほぼ同い年だ。
delete-all.hatenablog.com

私も氏の考えと同じく、自分は今なんとか生き残れているのは、能力ではなく、運の要素にすぎないと思う。
私などは、資格職であること、実家の家業があったりして*1、仕事には恵まれて今に至っているが、自分が今安泰なのは、自分の実力というわけではなく、偶然だという感が強い。

いうなれば、迫撃砲の飛びかう戦場で生き残るのは、実力ではない。
実力は関係ない。
たまたま僕は直撃弾を受けなかった。
それだけだ。
些細なことで明暗がわかれただけなのだ*2

我々の世代は、日本という国の構造的転換点において、なんの武器も持たず放り出された感がある。
数も多かったし、その分大事にもされなかったという恨みもある。
人数が増えれば、その分人権は薄まる。

僕らは自己決定のできない初年兵時代に負け戦の波頭で損耗させられた世代だし、敗兵なので経験の割には実力はついていない。そういう意味も割を食ってしまった。

しかも僕らの世代の前後から、年功序列制度は完全に崩壊した。
初年兵の時代にがんばった「丁稚奉公」にで貯めたポイントには、意味がなくなってしまった。
今ではそれが当たり前で、寿司屋で追い回し修行をするなんてバカのやること、という考えにも理解が示されていたが、我々が新卒者の頃は、そんなことをいっていたら、下駄で殴り飛ばされた。*3
新卒の頃は奴隷労働をさせられ、中堅になったら「新卒を大事に」なんて言われ、中堅になっても雑用をさせられている理不尽!

我々の世代の壮大な失敗、死屍累々の現状を参考に、数年後の学年からは、少しカリキュラムなども、現実に即したものに変わっていったと思う。それはいいことで日本の進歩だとは思う。
が、手当てされずそのままの同級生たちが、年功序列の消えた世界で、そういう若い世代とやりあって押し負けている。
なんという理不尽!

* * *

そんな中、我々に勝算の薄い戦場に行けと命じた、少し上の世代が、
「おまいらは使えない世代で、ろくに就職もできていないやつもいっぱいいるから、政府がなんか、対策を考えてやるよ」
なんて、言ってくる。

反面、大企業では「おまいら生産性も低いし、終身雇用の時代じゃないからね、これからは実力主義だからね」
なんつって、45歳以上をターゲットに、早期退職の嵐である。
旧来の日本的な組織で最前線で頑張ってきた30代、40代は、詰め腹を切らされて、通用しなくなり企業から放り出される。

これでは、あんまりだ。
あんまりだと思う。

でも、僕たちの世代は、負けなれている。
怒りなれていない。
後退戦・撤退戦を戦うことになれきっているからだ。
だから、きっと、寂しく笑うだけなんだろうな。

hanjukudoctor.hatenablog.com

多分、やらなければいけないのは、われわれの世代のうまくいかなかった人生を再設計することではなく、
日本の政治と経済の戦略の再設計だと思う。

*1:それを維持することも大変なことではあるのだけれども

*2:医療においては、大野事件・研修医制度の変換期など、また一般企業とは違う激変にさらされたので、少し話が異なる、まあどっちにしろ割を食った世代であるという自負はある

*3:下駄、は比喩的なやつですよ

PM 2.5

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桜は入学シーズンにばっちりのタイミングであったが、今年の気温は厳しかった。
先週くらいから、喘息のような気道症状に悩まされており、ゆっくり桜を鑑賞する余裕はなかった。

* * *

もともと小児喘息持ちだった僕は、2001年島根県での研修医の時に、当時つきあっていた彼女、の友達と(彼女ぬきで)合コンをした時に*1「子猫もらってくれない?」的なオファーに乗り、当時家賃月2000円、5LDK庭付き一戸建てのトタン屋根の廃屋の官舎*2で、猫を飼い始めた。
飼い始めて 3ヶ月くらい経ち、どうも息が切れる。
ふと酸素飽和度を測ると92%で、なるほどこれが気管支喘息なんだと得心した。アレルギーでも猫皮屑、ハウスダストにばっちり反応し、アレルゲンの怖さを思いしった。

ちなみに2年間の研修生活は、フルタイド、時々パルミコートで乗り切った*3

* * *

その後はながらく喘息は落ち着いていた。
が、風邪を引いたり季節のかわりめだったりアルコールを飲むとやや息苦しくなっていた。

2008年くらいから、夏風邪をひいた後、やたら痰や粘稠鼻水が数週間遷延するようになった。
感冒に伴う急性副鼻腔炎と思っていたのだが、結構あとをひく。
何度か耳鼻科の先生にも診察いただいたが、好酸球副鼻腔炎かも…というコメントもいただいたこともあるので、
おそらくアレルギー機序による一連の症状の一つなんだろうとは思う。
この辺の疾患概念も10年くらいで結構かわりましたよね。

さて、そんなアレルギー体質の僕だが花粉症だけはなかった。
しかし3年前くらいからやはり春先になると、結膜炎・鼻炎が起こる。
ただ最近になるまで自他にむけて否認していた。
俺は花粉症じゃない…
多分ちがうと思う…
ちがうんじゃないかな…
ま、ちょっと覚悟はしておけ…
というわけで、去年くらいからシングレアを試してみている。

しかし、どうもスギ花粉飛散の時期とは微妙にはずれているし、いわゆる黄砂の飛来時期に症状が悪化する*4
PM 2.5による影響なんだろうな、とぼんやり思っている。
実際外来でも、アレルギー体質でない人の、喘息というか気道症状がここ数年とても増えた。
昔でいう「四日市ぜんそく」みたいなものなんだろうな。

しかしPM 2.5がどれだけ関与しているのかって、正直一般診療ではよくわからない。
エレベーターの中の屁みたいなもんで、どうも臭いんだけど、究明もできないし、対策もとれない。

* * *

ま、そんなこんなでしんどかった。
先週は少し風邪を引いたことが契機になり、そこから気道狭窄のような呼吸困難と咳(痰はあまりでない)に悩まされる。
咳をしても痰も喀出するわけでもなく、のどがやけるようで、さすがにしんどかった。
一週間ほど、臥せっていた*5

昨日まあまあ治ってきたなと思ったら、桜はもう葉桜になっていた。
別に自分のくしゃみで桜が吹き飛んだわけじゃないけど、そんな気がした。

*1:あとで彼女に随分気分を害された記憶がある

*2:後に僕の住んでたその官舎は「筋肉ハウス」と呼ばれたことで、どんな家か察してください…

*3:大学院に戻る時に実家に預けたのだが、窓から逃げ出してしまってその後行方がしれない。今でも近所で茶トラをみると胸が痛くなる

*4:西日本の黄砂は東京よりもずっとひどいよね。車とかどろっどろだけど、あれが肺の中にあると思うとぞっとするな

*5:代わりはいないから外来や病棟業務はもちろんする。ただやや引き気味

MRの未来とWebセミナーの今後

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SEではやはりあまり綺麗な写真は撮れませんでした。

hanjukudoctor.hatenablog.com

以前に「地回りMRの未来」という記事を投稿しました。
現実が追いついてきたというか、ここ数ヶ月は地方都市に住む私の近在では、MRの異動の挨拶回りとか、そんなのでかまびすしかったですね。営業所の統廃合もかなりのもんだ。

はっきり言ってしまうと、そういう異動の挨拶だけで、こちらの診療時間を侵食していることに気づいて欲しいとも思う。地回りMRが廃止されてしまうの……そういうとこだぞ!とも思う。
そりゃ君たちにとっては一大事だろうが、君にとって大事な情報と、僕にとって大事な情報は違う。

MRの中には普通に友人付き合いの人もいるが、関連領域が他社に売却されたため20代半ばで早期退職を余儀なくされた人もおり、それはさすがになかなか辛いことだなあと思った。

ただ、構造的な人員整理は当然今後も続くとは思う。
前にも言ったが、MRは「医療情報の中間流通業者」です。情報がダイレクトに顧客に届くようになった以上、
MRを介した(製薬会社の手によってにフィルタリングされた)データの相対的価値は下落している。
要するにここ近年の情報革命がこの分野にも起こっただけのことだ。

当然その仕事のあり方は変わらなければいけない。

Webフォーラム

こんな窮状の中、当然、製薬会社も時代に対応しようとしている。
販管費を減少させながら、情報の伝達は今までと変わらないように、という努力の結果が、地方のホテルなどで行われていた講演会、地方の研究会の減少と、その代わりにWEBセミナーの増加である。

これは当然の路線変更だとは思うが、製薬会社協賛の講演会などが、地方の医師コミュニティの紐帯の強化に繋がっていたという側面は無視できない。
それに、地方の医師にとっては、こうした講演会・研究会の地方会での発表は「地区予選」的な意味あいもあったと思う。
また、地方の飲食業界にとっても大きな影響があるだろう。
ただ、これをカットすることによって地方のMRの存在意義は決定的に無くなる。

電化製品の修理とアフターケアのために、町内にあった「東芝のお店」が存在意義を失ったのと同じことが、今後は医療業界で起きている。そのこと自体は仕方がないことだろう。

が、地方経済の地盤沈下と、地方発の研究・アウトプットの機会が減る分、中央の情報の優位性がより強くなる。
東京の優位性がさらに増し地方大学はさらに地盤沈下していくことだろう。
双方向性は今後失われていき、地方は一方的に情報を受け取るだけとなる。
草の根の研究・実証マインドが、長い目で見ると低下する可能性は高いと思う。

まあ、地方の研究って、そんな大したことしてないのも事実なんだけど、そういう土壌そのものを根こぎにしてしまった影響を総和すると、結構大きいのではないだろうか、という気もするのである。

* * *

ところでWebフォーラムだが、今までの製薬会社の思考形態をひきつぐ形でWeb化されているので、顧客とのコミュニケーションルートを「囲い込む」ことを当然としている。どの会社も、例えば自社のWebサイトに登録させ、そこから、コンテンツを閲覧する許可を与える、という形態になっている。

これは個人の医師とコミュニケーションをとり「医師をおさえた」MRが優位に立つことができたという、今までの商習慣の延長線上で考えると理解しやすい。要するに生身の肉体のMRの代わりに、バーチャルなMRがウェブサイトで、それを通じて製薬会社は医師とコミュニケーションしているわけだ。

しかし、この情報革命はそもそもMRという情報のキュレーター・仲介役を不要にするものだ。
だから、現実のMRがバーチャルな空間に移動するようなやり方は、中途半端で、うまく行かない。

フラットでオープンなコンテンツの場(プラットフォーム)を全ての会社が利用する形に、いずれなるだろう。
わかりやすくいうと、WebセミナーのYoutubeのようなものができないか、ということだ。

たぶん今のままならm3.comがその役を担うことになるだろうが、Showroomなどの競合企業がこの辺りのプラットフォーム事業に名乗りをあげてもいいと思う。

そういうプラットフォームがあたり前になってくれば、閲覧のターゲットが医学生であったり、患者さんだったりするコンテンツも混在することになるだろう。それはそれで製薬会社にとっても一つのビジネスチャンスになるのではないかと思う。*1

情報の非対称性は今後崩れていく。
製薬会社にとっても、医師にとってもだ。

*1:たぶん現行の法制度では、その辺は難しい部分もあるかもしれない。

2018年度の振り返り

年度末の振り返りをやってみようと思います。
んー。アニメとかで、総集編ってやつあるじゃないですか。*1
あれやってみたくなったんです(笑)

たださ、僕のBlog、一記事一記事長いなあ。自分でも読み返してみて長いと思った。

時事ネタ:

公立福生病院の透析の事件について。
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自分にも関係ある領域なので、書かずにはいられませんでした。
SNSでも実名だしてますし、組織の長でもありますから、ノー炎上、中道的なことしか言えません。

炎上なくしてバズりなし、バズらずして炎上なし。
しかし数日で、新たな情報が出てくるので、時事ネタって怖いですね。
迎合せず、しかし、変なことも言わず、自分で後悔しないことを書くには、勇気がいるものです。

hanjukudoctor.hatenablog.com
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結局僕は今季ゾフルーザ一度も処方しませんでした。
インフルエンザについては、なんかここで書いたことがそのまま現実になりすぎて、ちょっとびっくりしました。
3月時点で、ゾフルーザ耐性インフルが多数検出され「それみたことか」状態になってますね。

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移行して初めてのBlog記事になりますね。
広島県岡山県の水害で、自分の周りでも大きな被害がありました。
身につまされるものがあったけど、この記事にはなんか、情が足りないと反省。

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これは昨年度の記事ですが、まあ思った通りになったなと思う。
元号」については結局直前まで公表しないというやり方を貫徹しましたね。
IT関係者のことわかってんのかよ、と思う。

組織人として:

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見渡しても、医療機関のトップとか、マネジメントに関するBlogってそんなに多くはないです。
こういう記事を増やしていきたいなと思うんですけれども、書くのに力いるんですよね。
だからか他の記事に比べるとやや「アツさ」があると思います。

新しいこと:

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夜間診療
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遠隔診療について。これも当院ではいまだに凍結したままですね。
オンライン診療講習には行こうと思っています。
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これは、意気込んで書いたけど、結局自分に現実改変する裁量もないので、
単なる床屋政談みたいなになってるなーと反省。

その他:

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医療系の金の話って、割と品がない。介護保険審査会の話って、Webではほとんどでてこないので、あえて取り上げたわけです。
これは言いたいことももうちょっとありますけど、まあ。

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MRさんについての話。これも、現実世界が追いついた感あります。
早期退職、整理の嵐が吹き荒れてますね。
地方のMRは、早晩絶滅するんじゃないかなと思っています。
次はWebセミナーの話を書こうと思ってます。

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ACPや死にまつわる話も、かかわることが多く、もっと力をいれて書きたいことですね。

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生活保護に関する話も、炎上するかも…とびくびくしていましたが、これはそもそも
ほとんどリアクションがありませんでした。

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この辺はTwitter医クラの末席で活動している中で少し話題になっていたことではありました。

2018年度、ありがとうございました。
2019年度も、引き続きよろしくお願い申し上げます。

*1:ま、言ってみれば、手抜きの。

医療データの情報共有について その3

続きです。少し間が空いてしまいました。
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  • 医療データをどの医療機関でもシームレスに統合するというのは、現状をみるかぎりかなり難しい。
  • 電子カルテはある種の「鎖国」であり、データのI/Oを想定していない作りになっている。
  • 電子カルテの「本文」であるテキストスタイルの文書は持ち出しにくくまたインポートされない。

もう少し詳しく言えば、電子カルテのデータをごっそり抜き出すOutputは、意外にできる。
採血データ、PACSの画像データなど、薬剤情報などは、抜こうと思えば抜ける。
ただし、外部の情報を電子カルテにインポートすることは、かなり難しい。
忌々しいことだが、電子カルテのデータは、診療行為で日々更新される形でしか入力できないことがおおく、外部の電カルのデータでの診療録をそのままもってはこられない。
多分、この流れはなんらかの強制力がないとベンダーは変えるつもりがないだろう。

でも、多分そこはかなり難しいんだと思う。日本的な合意形成システムでは。
なので、スモールステップを積み重ねる必要があるんじゃないかなと思う。
だから、

とりあえずあのクソ忌々しいFAXをアップデートできないか

というのが僕の提案。
Fax。
今では先進国はほとんど使わないらしい。
多くの医療機関では(うちもそうだが)当たり前のように使っているが、これほど情報漏えいしかねない代物はない。
医療機関間違いならともかく、送信のときに送り先を間違えてプッシュしてしまうと、医療機関でもなんでもないところに、個人情報が漏れてしまう。*1

ついでに言ってしまうと、郵便も前時代的だ。
古式ゆかしい信書システムの上で情報のやりとりが成立する非効率性は、もう少し考えてもいいんじゃないかと思う。
コストもそれなりにかかるし。

Faxの代わりに情報のI/Oを司る端末を義務化する

ここからは、こんな機能があれば便利だな、という私の妄想。

  • それぞれの医療機関には手紙のやり取りのためのソフトをインストールした端末の設置を義務付ける*2
  • 端末はVPN化されたインターネット回線を持つ通常のPCで充分。それぞれの医療機関は固有のナンバーを持つ。医療機関のナンバーは各地域の厚生局が管理すればいいだろう。標榜科のデータも厚生局には揃っているしね。
  • 電子カルテ化されていない医療機関ではこの端末は記録を集積できるファックスのようなものになる。手書きの手紙をスキャンして他の医療機関に送る。もしくはワードのような信書入力機能はソフトウェアに実装してもいい。他所から受け取った診療情報提供書を集積することもできる。メールボックスのように使えれば便利だろうな。
  • 電子カルテには、診療情報をこの端末にインポート・エクスポートする機能を義務化する。小規模のベンダーでインポート・エクスポート機能を作れない場合、電子カルテとこのソフトウェアを同じ端末で共有しテキストのコピー&ペーストができる状態にしておく。
  • 要するに、診療情報提供書の共通規格をこのソフトウェアで走らせる。
  • このソフトウェアは各医療機関で1つ。おそらく地域連携室で管理することになるだろう。

前回述べたように電子カルテは一緒の鎖国のようなものだ。
このソフトウェアは、そのような鎖国的状況の中で「出島」のような機能を果たすものだと考えればいい。

セキュリティにナーバスな電子カルテのベンダーはオープンなネット環境を好まない。
開国にはまだまだ時間がかかる。
この「出島方式」では限られた端末のみインターネット回線にリンクすることになり、セキュリティに関しては一定の担保がなされる。
このやり方であれば現実性は高いと思う。

医療機関の手紙機能を一括して管理する。
郵便ポストとファックスとメールボックスの機能を足したようなものだと思う。

また、このソフトウェアを使うと、エリア内の全医療機関への通達も容易だ。

全ての電子カルテの情報を全国的なデータベースで統括することは理想だが、現実的にかなり難しい。
しかし1人の患者の診療情報を、人の目を通した上でエクスポートする事は、現在の「鎖国」的な電子カルテシステムの中でもできる。
それほど難しくは無いし、コンセンサスは得やすいだろう。
よしんば全国的なデータベースを作るとしても、今ある診療録情報は移行しなければいけないけれども、それすらできないのが、今の電子カルテなのだ。理想形にいくとしても、まずは既存の電子カルテにデータを吐き出させないといけない。
過渡期としてこういうインフラは有効ではないかと思う。

このシステムが実現すれば、ある病院できれいに作り込まれた診療録のテキストデータを別の病院でも使うことができる。
外科の先生にはあまり意味は無いかもしれないが、内科や総合診療科の先生にとってはかなり時間節約になるはずだし、彼らのしっかり書いたカルテの価値も上がる。
そうなると、電子カルテの記載のルールも共通化されていく可能性がある。共通のルールで書き込まれた診療録だと病院を変えても書き直す必要がないからだ。結果として診療の標準化、均てん化、効率化ができればいい。

ということを考えたが、どうか。

多分これなら、500億くらいでなんとかなるんじゃないかと思う。
統一した電子カルテの構築だったら、多分1兆や2兆円ではきかないだろうから。

*1:実際事務のインシデントの上位に、送信間違いがある

*2:義務化が難しければ加算で誘導することになるだろうか

医療データの情報共有について その2

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福生病院の話で、少し間が空いてしまいましたが、前回の続きになります。
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現状。
おそらくこうあれば便利であろうという完成形。

なんとなく、毎日電子カルテを使っている医師なら、答えはみえている。
ただ、現状と未来の間のギャップは、どうやって橋渡しできるだろうか?

* * *

今の各社電子カルテが乱立した状態から、情報を統一するのは、結構むずかしそうだ。
新たに情報システムを作成・配布する、というのが一番コストがかからないかもしれない。
しかし今のベンダーをすべてぶっ飛ばして、一社統一するのは、政治的に難しいでしょうね。
おそらくすべてのベンダーに共通規格を提示して、I/Oを共通化し統合した運用ができるようにする、日本的な落し所で解決されるだろうなと思います。

いずれにしろ、Input⇔Outputのどちらも、医療データの情報共有に関しては、電子カルテから相当のデータを吐き出し、また流入させることを許す体制が必要になります。
が、電子カルテって、基本的にめっちゃ鎖国なんですよね。
ベンダーは、電カルの端末がインターネットに接続されていることさえ嫌います。
ベンダーの言いなりになっている多くの病院では(うちもそうです)電カルの端末はネット接続されていません。
インターネットでの検索などで、別の端末を用意している始末です。非効率きわまりないね。
村上春樹の小説『ハードボイルド・ワンダーランド』の、壁に囲まれた街のようなもので、
入り口も出口も、そこの住人にとっては見当たらない、というのが電子カルテの世界。

要するに、今の電子カルテは、効率よく統合する以前に、セキュリティという名目でI/Oさえ許されていないのが現状。
この状態から、電子カルテ同士をつなげる、という完成形は、普段日常的に電カルを使っていればいるほど、想像もつかない。

都道府県医師会などを主体として、グループウェアも構築されていますが、あれは電子カルテからOutputは受け取っているけど、電子カルテにInputはできない仕様なので、今の所意味がないと、個人的には思っています。お金の無駄です。

つづく(最近記事が長くなりすぎるので、分けました。しかし、その1を整理した内容でしかないですね)

公立福生病院の透析事件について その2

報道がされて一週間ばかりが過ぎた。

当初わからなかったいくつかの疑問も露わにはなってきたが、実際、現場の感覚および実際の診療情報がみえないので、論評は難しい。

ガイドラインに則っていたのか、いないのか?

前回も書いたが、今回の事例、僕はガイドラインからはそうずれていなかったとは思う。
hanjukudoctor.hatenablog.com
毎日新聞の記事は、「維持血液透析の見合わせを検討する状況に合致していない!」ということをさかしらに主張する。
多分それは、ガイドラインのこの部分を見てのことだろうと思う。

表 医療従事者が「維持血液透析の見合わせ」について検討する状態

  1. 維持血液透析を安全に施行することが困難であり,患者の生命を著しく損なう危険性が高い場合.
    1. 生命維持が極めて困難な循環・呼吸状態などの多臓器不全や持続低血圧など,維持血液透析実施がかえって生命に危険な病態が存在.
    2. 維持血液透析実施のたびに,器具による抑制および薬物による鎮静をしなければ,バスキュラーアクセスと透析回路を維持して安全に体外循環を実施できない.
  2. 患者の全身状態が極めて不良であり,かつ「維持血液透析の見合わせ」に関して患者自身の意思が明示されている場合,または,家族が患者の意思を推定できる場合.
    1. 脳血管障害や頭部外傷の後遺症など,重篤な脳機能障害のために維持血液透析や療養生活に必要な理解が困難な状態.
    2. 悪性腫瘍などの完治不能な悪性疾患を合併しており,死が確実にせまっている状態.
    3. 経口摂取が不能で,人工的水分栄養補給によって生命を維持する状態を脱することが長期的に難しい状態.

ただ、これは、医療従事者側から、透析の中止=「みあわせ」を検討する場合。
患者側から中止を申し入れる場合は、必ずしもこれにあたらない。

ただ、個人的には、どういう説明をしたか、どんな言い方かは気になる。
治療方法の選択肢として「透析をしない、もしくは止める」選択肢を示すこと自体は、別に悪いことではないとは思う。むしろ誠実であるとさえ思える。
がんの治療でも、手術・化学療法・放射線、もしくはそれらの組み合わせ、と同時に、全く治療をしない場合(論文だと治療が不十分な時代のプラセボ群ということになるだろう)のデータを示す方が誠実だ。たとえ、治療をすることが医学的に「当たり前」であっても。

ただ、導入しない、という選択肢を、ことさら魅力的にみせたり、そちらに誘導する、となると話は別だとは思う。
 でも、その辺は第三者にはわからないことなのだ。
 あと、意思決定のプロセスは、もうちょっと委員会とかで絡めて組織ぐるみで対応すべきだったんじゃないかと思う。

* * *

ガイドラインはよくもわるくも最大公約数的な書かれ方をしている*1
あのガイドラインは、「きちんと話し合って同意をとって決めましょうね」というのが眼目であり、割と施設ごとの多様性を許容する書かれ方になっている。
透析医にとってはまあまあ常識的な内容なので「逆らう」ことはむしろ結構難しい。

* * *

今回の事件では毎日新聞は鬼の首をとったような報道をして全国を賑わせてはいる。
毎日新聞*2とか思うと業腹だけれども。
けれども、時代背景的には確かに転回点になる、という気はする。
今回のこの事例は、デリケートな問題に、確かに踏み込んではいるからだ。

ガイドラインの時代背景

ガイドラインが作られたのは2014年だ。
2000年から、2019年の現代にいたるまで、生命倫理に対しては、例えばACP(Advance Care Planning)一つとっても学問的にも徐々に熟成し、世間の関心も徐々に増えている。逆に言えば、2014年では言いにくいこともあったのは事実だ。

今回の事例のような維持透析患者さんの透析の中止は「消極的安楽死」そのもの。
遂に日本でもこれを議論する段階に入ったのか…というのが、僕の感想だ。

* * *

比較的全身状態の保たれた透析患者さんの維持透析を中止する、という行為は、
積極的な安楽死の範疇に入るのか?消極的な安楽死の範疇に入るのか?

医師は「消極的安楽死」とみなす。が世間のイメージからいうと「積極的安楽死」と受け止められるだろう。
僕のみるかぎり、この齟齬が今回の事例が大々的に報道された理由だと思う。

* * *

そもそも、「積極的安楽死」「消極的安楽死」という言葉自体、なじみがない。

「積極的安楽死」   「消極的安楽死」  
 肉体的苦痛を除去する目的で、作為による直接的な生命の短縮が行われる場合。生命を積極的に絶つことによって、死苦を終わらせる場合がこれにあたる  死苦を長引かせないため、積極的な生命延長措置をとらないことによって死期が早まる場合を指す。

透析患者さんは、維持透析をやめると、死ぬ。
その意味では、透析の中止は消極的安楽死。しかし、透析患者さんは、透析をしている部分以外は、他の方と変わらない。
だから、「積極的安楽死」っぽく受け止められる。
だから「自殺ほう助だ」なんて、TVのコメンテーターの発言が出てくるわけだ。

消極的安楽死にしろ、積極的安楽死にしろ、日本ではデリケートすぎる話題だ。
基本的にはこの話題は日本ではタブー視されている。
2014年時点では、ガイドラインに、積極的に書けなかった可能性はある。
意図的にそのあたりはわかりにくく書いてあるようにさえ、僕には思える。

今回はそこの間隙をぬうような形になったのかもしれない。

消極的安楽死

「積極的安楽死」というのは、簡単に言えば、漫画『ブラック・ジャック』に出てくるドクター・キリコのようなやつ。
海外では一部認められている国もあるが、日本では認められていないし、現時点では普及する兆しもない。

消極的安楽死、というのは医療従事者は知っているが、通常の治療の延長線上の事柄として扱われるたぐいのものだ。
それなりの医療を行って支えていないと生命を維持できない状態。
その状態に対して、医療の強度を弱めていく。アクセルを踏まない。
すると生命が維持できなくなって、落命する。
これは、推力がないと飛行を続けられない飛行機の推力を徐々にしぼっていくようなものだ。
高度は下がるし、最終的には墜落する。

こういったことは、津々浦々の医療機関で行われている。
もちろん、おおよそはかなりの高齢な方であったり、不治の病があったり、積極的な治療に立ち向かえない弱った方に対してだ。
落命が予想される患者さん全員に対し、思いつくかぎりの濃厚な医療行為を施すことは、患者さんにとってもつらいことだし、家族にとってもつらいことだ。
その頑張りは病状の好転をうむわけではないから。
空中分解するまで飛行機を飛行させるようなものだ。
患者さんにとってもいいわけはない。苦痛も大きい。

だから、然るべき年齢であり然るべき状況の患者さんに対しては、このように降下しつづける飛行機を空中分解させぬよう、ハードランディングさせぬよう、ソフトランディングさせることが、医師の腕の見せどころだと思う。(もちろん、可能なかぎり、である)
ハードランディングは、やはり御本人もしんどいし、家族にも禍根をのこす。

今回の事例はどうだろう。ハードランディングであったことは確かだ。
だけど今回の事例はやっぱり「消極的安楽死」の範疇だとは思う。
透析を止める、というのは、やはりそういうことなのだ。
元気な人も、透析の力で生かされているという現実は、現実だ。*3

もちろん、44歳の安定している透析患者さんをランディングに導く必要があったのか、といわれると、普通はない。
でも、自殺企図・自殺未遂の歴のある方、ということで、生き続けることに苦悩がある方は、なかなか判断が難しい。
 その先は、知らないものがいくら議論を尽くしても答えがでるものではないと思う。

「消極的安楽死」そのものは、今も日本で行われていることだ。別に違法行為じゃない。
だが、日本で「積極的安楽死」がタブー化されるかぎり「消極的安楽死」という言葉は、今後も表立って議論されることはないだろう。

今後どうなるか

新聞は、世論を喚起するのが目的であるから、所期の目標は達しているといえよう。
この事例を受けて様々な制度のアップデートはなされるだろうし、それは一つの進歩であると思う。
透析医学界なども動きだしているようだ。
ただ、実際どんなところで折り合うかは、世論が決めるものだ。
消極的・積極的安楽死のところまで話を広げたら、収拾がつかなくなってしまうかもしれないが、個人的にはそこに踏み込む議論ができればいいなあと思う。

  • 退歩するシナリオ:

医療に対して不信感が強い場合、こうなるかもしれない。
透析のみあわせ、中止について、厳格化され、人工呼吸器を外せないのと同じく、絶命するまで透析は止められなくなる。
ただこれは、明らかに身体を害する透析も、非効率な医療費の分配も許容することになる。
療養型病床の減少というトレンドに一歩棹さすことにもなる。「消極的安楽死」そのものが禁止される場合、実効性の低い医療費が、多分増える。
医療関係者のモチベーションも、多分下がる。

  • 進歩するシナリオ:

進歩、と言えるのかはわからないが。
「積極的安楽死」についてまで、議論、法制度がすすむ。
オランダの安楽死制度などがロールモデルとなるが、複数医師の診察・評価を義務付け、評価を行った上で、薬物鎮静などをかけ、安楽死、できる時代が、来るのかもしれない。
ただし、今回の報道のされ方をみるかぎり、これは受け入れられそうにない。
今回の事例は「積極的安楽死」に思いをめぐらせるきっかけには、多分ならない。

  • 穏当なシナリオ:

今回の事例を踏まえ、ガイドラインの書き換えは行われるだろう。
本人の強い希望で維持透析の中止を行う場合は強く明記され、必要な書式や委員会の体裁も要件化されるかもしれない。
例えば(外部委員を含めた)倫理委員会にて承認を行う、などがガイドラインにて義務化されるのではないだろうか?
多くの人を巻き込んで合意形成をするのがいい。
僕は透析に限らず「消極的安楽死」一般についても、複数医師の診察・評価を義務付ける、などの体制をとればいいと個人的には思っている。
ただこれは少なからず現場のコスト増は招くだろう。
でも命がかかっている選択肢なのだから、みんなで考えたらいいんじゃないか。というのが僕の意見。
おりしも『医師働き方改革』。一人の医師の裁量権よりも、チームによる関わりが志向される流れにも合致している。

*1:その意味で、あれはよくできたガイドラインなのである

*2:毎日新聞の医療関係の報道は、医療従事者には非常に評判が悪い

*3:その不愉快な真実をやはり突きつけられると、透析の患者さんには不快だろうと思う。その意味では今回の報道は「罪」なことをなさるな、とは思った。