半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

組織のパラドックス

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現在の私は、いわゆるプレイング・マネージャーです。
平日の営業時間のほとんどは、内科医としてあくせくと病院を走り回っており、理事長らしいことはできておりません。

正直、プレイングマネージャーの形がベストとは思ってはいません。
が、うちの法人には医者が十数名いますが、年齢的には僕、下から二番目なんです。
組織のヒエラルキーと、医者の年功序列って、別だったりします。
だからどんどん仕事捌くしかないじゃないですか。*1

司令部にどっしりと座り、周りに目を配り、方針を明確に立て、それを周知させ組織を動かすという経営者らしい経営者が本来的なものだと思います。
ただ、プレイング・マネージャーは、現場の肌感覚は誰よりもわかる、というメリットはありますね。*2現場の忠誠心も得やすい。

ま、この形は過渡期のスタイルです。
このスタイルが許されるのは、上杉謙信アレキサンダー大王だけで、個人の武力が抜きん出いるような人でないと討ち取られてしまいますから。

* * *
そんな「なんちゃって組織管理者」ですが、なんだかんだいって5年目に入り、それなりには様々な経験を積ませてもらいました。

最近感じることは、組織管理、組織運営の要諦って、矛盾した二項のバランスをとることじゃないかな、ということ。
パラメーターを、ちょうどよく振り分ける、そのバランス感覚こそが、管理者に必要なんだろうと思います。

標準化と属人性

現在当グループの職場は、給与水準はどんどん離職してゆくほどは低くはなく、かといって誰一人辞めない状態ほどは高くもない、くらいの感じ。
働きやすさには注意をはらい、改善の努力の結果、ホワイト企業……とまではいいませんが、生成り企業……くらいにはなりました。
なので、募集をかけると、それなりに人は来る一方、人材流動性もそれなりに高い。

こういう職場では、業務の属人性をできるだけ廃するシステムづくりが重要。
業務を安定して継続するためには、役割分担と業務の標準化が必要です。*3
そういう組織づくりをすすめていますが、そうすると、業務が属人化されていた古くからの職員は、自分の仕事のやり方を否定されている気になるんでしょうか、やはり面白くないようですね。
お定まりの決まり文句の批判は「人は取替の効くコマではない」です。

でも、これからの仕事のあり方は、業務の標準化を前提とした組織づくりでないと、生き残れません。
仕事の足並みを揃え、業務で替えがきく状態は、チーム医療としてはとても大事なことです。
ただ、その状態を作り上げた上で、にじみ出てくる「その人にしかできない仕事」もあります。
これは二律背反ですが、その矛盾を飲み込んでこその経営なんだと思う。

多様性とまとまり

理事長の意見がすべて通ってしまうようなイエスマンばかりでは、理事長が状況判断を間違えば全滅してしまう。
組織には、いろんなスキルや考え方をもった人が必要です。
平時はぼんやりしているけど緊急時には人が代わったように動き始める人なんか、たまにいます。
ある特定の領域だけ、やたら得意な方っていう人もいます。
その意味では、多様性はとても大事です。
しかし、いくら多様性といったって、組織の理念や哲学に反している人というのは望ましくない。
いくら際立って得意な人だからって、業務をその人専用に属人化させてしまうと、そこがボトルネックになってしまう。
多様性とまとまりはトレードオフの関係にある。

冗長性と効率性

それは、組織力学的に言えば、冗長性と効率性のバランス、ということになるんでしょうね。
働き蟻の法則。アリの社会は20%の働き者、60%の普通のアリ、20%の働かないアリで構成されています。
「働かないアリ」はなんのために居るのか、という研究では、要するに、緊急事態に対応するため、ということらしい。
効率化を極限まですすめてしまうと、イレギュラーな事態に対応する余裕がなくなってしまう。

医療は、根本的にイレギュラーな事象を多分に含むものです。
ただし、このあたりは、予算的に厳しい昨今の医療制度のため、年々実現が難しくなっています。

下がることを許容できないと給料って上げられない。

これは余談ですが、給与にもパラドックスがある。
すごく頑張っている人に対して給与やボーナスで報いたいと思うのは、経営者としての本音です。
しかし、でも、給料って、なかなかあげられないんですよ。
30歳の人に、基本給(月給)を例えば 1000円上げれば、12000x35=42万を余分に支払うわけです*4
このあたりの感覚は、上げるひとともらう人で、ずいぶん感覚違う。たった100円でも5万弱です。
そもそも「今」の頑張りが退職まで続く保証もないので、給与アップはしづらい。
反対に能力と働きに対しては給与は上げやすい。
能力は「やる気」よりは目減りしませんから。
そういう意味では「今頑張っている」人には、ボーナスで報いればいいわけですが、
これまたボーナスって、固定給を補完するような形で職員には認識されているわけなんですよね*5
上げたものを下げると、皆気色ばむわけです。

その年に頑張っている分、ボーナスは上げる。
けどそんなに目立たない年には元に戻していい。
これが許されるのであれば、逆にボーナスを盛りやすいのです。
ボーナスを下げにくい(右肩あがりが当たり前の)組織風土では、頑張りに対して、増分を増やしにくい。

皆さんの会社って、ボーナスの制度どうなっていますか?

* * *

経営というのは、バランシングであり、答えがない。
そもそも経営というのは「なまもの」の企業組織を、安定して動かしてゆくことです。
一言で言えば「動的平衡」そのもの。
動的平衡そのものが、多分に二律背反をはらむものですからね。

その他のBlogの更新:

ジャズブログ:

これは、今週は更新なし。だんだん、エントリーが集積して、迷宮のようになってきました(笑)

*1:「きっついやつやん……」という感想を受ける勤務医の先生もいらっしゃると思います。実際まあまあきっつい、です。でも標準的な仕事量を自分をもって示すしかない、との思いで頑張っています

*2:逆に現場感覚がわかりすぎ、現場の都合を忖度しすぎる弊害もあるとは思いますね。

*3:そのためのマニュアル作り……というところにはまだまだ課題があります

*4:あ、こう書くと全然給料上がらないみたいなイメージを抱かせてしまいますが、当然定期昇給っつーのはありますからね。それにポジションがあがると、号が上がる、みたいなやつもある。

*5:多くの企業で、ボーナスは4ヶ月程度が暗黙の了解となっているが、これはドッジ・ラインの外貨引き上げで、日本国内の設備投資のために資金調達が必要となったときに、国民の給与所得の1/3を銀行に貯蓄させるために考案されたらしい。だから、各社横並びで、固定給に近いものになっている。

「介護保険審査会」のマネタイズ

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家の近所
みなさん、介護保険のこと、どれくらい知っていますか?

* * *

介護保険は40歳になると全員が強制的に加入するものです。
40歳になると、給与明細に項目が増えることで気づくかもしれない*1
ただし、介護保険を実際に「利用する」ためには、申請をして、介護保険の認定を受ける必要があります。

介護保険の申請があると、主治医は主治医意見書という書類を書き、あとは介護保険認定調査員という人やってきて対面の面会をします。
その情報をまとめたものを、介護保険審査会という会議で審査し、介護度が決定されるわけです。

審査会とは、医師や歯科医師・薬剤師・ケアマネ、看護師などの他職種(4人)で合議するものです。
私も参加して5年目になります。
月に2回、一回二時間程度の会議で、30人くらいの案件を合議する。

はっきりいって、あまりやりたくない仕事。
で、医師会の仕事を受けたときに「まあ、若い人はみんなやるから…」みたいな感じで、やらされました。

なんでやりたくないか、というと、はっきりいってめんどくさいからです。

* * *

30件の資料は1週間前くらいに届く。
事前に読み込みをするためだ。
読み込んでおいて、自分なりの結論をだして、それを会議では4人が意見を出し、意見をすりあわせて決定する。
この審査会にでるまでは介護度を決定するプロセスについて正直わかっていなかったので、お願いされてなんとなく始めた当初は、30件の読み込みに時間が結構かかっていた。最初は2時間はかかった。

だから最初は
「こんなんやってられっかっつーの!」と思った。
こちらはクソ忙しいんだ。なんでこんなことに時間をとられにゃいかんのだ。と。
会議そのものも、やっぱり2時間弱はかかっていた。

* * *

私もやっているが、うちの職場からもいろんな職種の人にも声がかかり、4〜5人が行っているようだ。
報酬額は、自治体によって違うが、一回の会議で15000円から20000円弱、という感じ。全職種同じ金額のはずである。
医者にとっては、決して高い報酬とは言えない。
が、給与の安いその他の職種にとってはちょっとした副収入にはなる。
僕は最初、不遜にも「こんなお金でやってられっかよ」とか思っていた。

* * *

2年毎くらいに審査会の4人のグループ(合議体という)は定期的にメンバーをシャッフルしている。
今のグループは、やたらと合議決定が早い。
30件にしろ、40分くらいで終わる(前は倍かかっていた)。

仮に一回の審査会での報酬が15000円だとすると、ゆっくりのグループで、二時間いっぱい使うと、時給は 7500円/時となる。
90分なら 10000円だ。
40分なら、なんと、時給は 22500円となる。45分なら20000円だ。
そうなると……これ、医者の仕事としても、それほど悪くないんじゃないか*2

もちろん移動時間の非効率性もあるし、事前読み込みの時間を勘案すると、とてつもなくラクな仕事ともいえない*3
ただ、医者の諸君は受験強者で、要領はいいはずだ。
私も今は事前読み込みの時間は30分以下で、なんとかなっている。
コツはいろいろとあるが、

  • 合議体のメンバー全員が、早く終わらせようという強い意志統一をしておくことがなにより必要なことだろうと思う。
  • 4人の合議体員で、進行役を決めて順番に案件を割り振るのだが、事前に順番を決め、自分が主のやつはしっかりみておく。そうすれば10件弱の読み込みでいい。
  • 一から介護度を考えるのは大変。要介護3という結論をだすのであれば、この人が要介護3である理由を滔々と論じるより、背理法というか、この人が要介護2以下でも4以上でもない理由を示す方が時間がかからない。
  • 更新申請のときは、前回の審査結果との論理的整合性を示すことで、省力化できる事例が結構ある。
  • 非該当〜要支援1のあたり、それから要介護5のあたりは、そももそ議論の余地がない。そこはざっくりと省略すればいいと思う。それだけでずいぶんと時間が省ける。逆に一次判定で介護1〜3あたりがでているやつは、時間をかければいいと思う。

* * *

どこも、介護保険の審査会は、不人気である。特に医師。
基本的に人手不足の医療業界で、余分な仕事を背負うことをみんないやがるからだろう。
しかし上述したように、徹底的に時間がかからないようにやれば、時給1万以上の仕事にはなる。
そもそも、地域包括ケアシステムを論じるのであれば、審査会を一度も経験したことがないというのは片手落ちであろう。

総合診療医の専攻医の若手って、この審査会参加を義務付ければいいのにと思っています。
Hospital GeneralistにしろFamily Physicianにしろ、介護保険のことをわかっていないGPなど、僕は信用できない。

44歳の自分が「若手」みたいに扱われる現状は、いかがなものかと思うし、非効率な運営もあまり好きではない。
今回の僕の発言はまるで「手抜きのススメ」みたいに見えるかもしれない。
そうではなく、ただ短時間で集中して、気持ちよく仕事を終える方が建設的だな、と思います。

* * *

今回のエントリーは、介護保険審査会のあり方がどうとか、人選とか、決定プロセスなど、制度の根本的な部分に対しての意見ではありません。
そもそも、いろいろ介護保険制度そのものについては、いいたい人もたくさんあろうかと思いますし、僕もどうかと思う部分はあります。

ただ、地域診療・介護は所与の制度の中で回っています。

自分もその中で最善を尽くすだけであり、また制度に組み入れられた人間として、自分の行動は最適化しなければいけない。
医療・介護に関しては、低賃金、非効率性という部分が、社会問題化しているので、自分が携わっている部分だけでも
効率化したらいいとは、思うのです。チリも積もれば山となるはず。

介護保険審査会に関わる人達は、あまりネットにはつぶやきも出てこないので、いろんな意見をいただけると幸いです。

*1:40歳になり、介護保険分ひかれることで、若干歳を感じて凹む、というのはあるあるですね

*2:大学の関連として来てもらうバイトにしろ医師の時給換算で10000円前後という感じだ。(当直などはまた別の計算になる)

*3:事前読み込みを簡単に済ますときは、審査会中にも読み込むのだ。結構集中力が要る

このブログの「顧客」はだれですか?ねえドラッカー?

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去年の9月、はてなダイアリーからはてなブログにうつして4ヶ月くらい経ちました。
ほぼほぼ死に体だったダイアリーから、ブログとして復活はしたわけです。

けれども、読者数なんて、それほど増えるわけでもないし…
今後も、多分そんなには増えない気がしますね。

ブログなんてものを書くからには、バズりたい。
っつーのが人情ですよね。

* * *

でも、でも。
だいたいさあ、そもそも、なんのために書いているのかが、自分でもわかってない。

人に読んでもらうため?
有益な情報を伝えるため?
いや、そうでもないんじゃないか。

だって、正直にいって、自分の書くこのブログ、長いもの。
さらっと読むにはいささか重いもの。

2000字を超えると、自分でも読み直すのに「うげっ」となる。多分、読み手を選びます。

* * *

ドラッカーの言を借りれば「顧客の設定」が重要なわけです。
この「ブログ」の顧客って誰なんだろう?僕は、誰にむけて書きたいんだろう。
医療従事者?
他の医者?
患者さん?
経営者?

* * *

患者さん相手だったら、親切さが足りない。医学知識の説明も補足しなきゃいけないし、長い。
他の医者相手にしても、読んで納得のいく話や有益な情報を届けなきゃいけない。そもそも他の先生に僕がいわなきゃいけないオリジナルな内容なんて、ないしなあ。医療従事者向けに話すなら、用語が医者向けすぎると思うし、経営者、ということであれば、医療分野以外の経営者に話す共通言語がなさすぎる。医療の経営者なんて、開業医と病院で全然違うし。
……なんか、すべてが中途半端なんです。

そう思うと、やっぱりこの文章って、自分のために書いている。
「僕に役立つことは、僕に似た誰かにも役立つかもしれない」…そういう思い。そして、共感。
そうですね。僕がほしいのは、共感です。多分。

* * *

多分、僕のブログの顧客は僕なんだ。
だから、PVは増えない。
やっぱりこれは自分のためのブログだよな。

読書記録なんてのも、こうやって記録することで、読書遍歴や、感想でその当時考えていたことを思い出す事ができる。
読書・音楽記録なんて、自分自身の体験のクロニクルで、それが積み重なると、自分なりの味がでる。
でも、それが他の人の役に立つかどうかは、ちょっとわかりません。

* * *

多分、こういうスタイルやマインドで書かれたものは、昔のテキストサイトではありふれたものだったと思います。
だけど、今はブログって、情報商材であったり、いかにマネタイズするかっていうツールだよな。

新しい革袋になって、喜び勇んで書き始めたのはいいけれど、自分のスタイルの古さに気付かされたというか。

家族葬もよしあし

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ホテルニューオークラ玄関口のオーナメント。新春の梅。

1月はインフル、インフル、またインフル…という趣でしたが、だいぶ落ち着いてきました。
なんとか乗り切ったように思いますが、手洗いのしすぎで、肌がガッサガサです。もう限界*1

* * *

長年の患者さん。患者さんは70代で、ややこしい病気も抱えているけど、まあよくしゃべる明るい方。
月に一度の外来で「なんかかわったことありました?」と当たり障りのない切り口でお話しを切り出すわけ。

「長年来の大親友がこの前亡くなっちゃったのよ…」

と少ししょんぼりしていらっしゃった。

「旦那が亡くなっても泣かなかったけど、今回ばかりは大泣きしたわね。
 もちろん葬式も行きたかったんだけど、最近家族葬が増えたじゃない?親友もいい年だから家族も、そりゃ家族葬でこぢんまりとやるわよね。
 でも、あたしにとっては、そこはちょっと複雑だったなー。葬式で死に顔みておくべきだったなーって」

* * *

確かにここ最近はほとんどが「家族葬」になった。気がついたら主流が家族葬になっている。
多死社会でもあるし、葬式も頻繁になっている。
定年退職してずいぶん時間が経っていれば交友関係というのも限られてくる。
要介護状態になって数年も経てば、確かに、友達が呼ばれて来る、というのも親族にしてみれば、ちょっと想像しにくい。

なにしろ、葬式は高い。
なんやかんやいって基本料金もするし、そこから「社会的な…」とかちょっと油断すると*2、どんどん費用がかさんでしまう。
どれだけ来るかわからないのに大きなスペースを用意して、結果誰も来なかったら、その人の人生そのものを否定された気さえするし*3、逆は逆で困る。親族の不見識を責められるだろう。

その点家族葬なら参列する人数もよめるしコストが抑えられるし、来客の対応とかそういうのにかかずらわなくても済む。
家族にしてはずいぶん楽だとは思う。

「香典辞退」も増えた。
これも端的にいえば返礼の人的コストを下げるためだ。
上記のように家族葬にして葬儀費用負担が現実的な値段におさまれば、現実的だ。

* * *

こうした冠婚葬祭のルールって、誰が主導しているわけでもなく、いつのまにか変化していることが多い。
考えてみると、すべて人間が日常的に触れるわけではないので、業界の外にいると、変化には気づかない*4
国際医療福祉大学高橋泰が(高橋泰先生については以前に書いたことがあります)、「最近胃瘻をしてくれという家族が減った」という話をよくされるのですが、
そのときに引き合いに出すのは結婚式の「仲人制度」の話。
hanjukudoctor.hatenablog.com

確かに、僕よりも前の世代であれば、結婚するのに仲人というものを立てるのが当たり前だった。でも今は殆どしなくなっている。
別に、そういう仲人制度に反対するキャンペーンとか社会運動とか、行政指導などがあったわけではないけど、気がついたら皆がしなくなっていた。

家族葬のトレンドも、これに近いと思う。
その他でいうと、お歳暮・お中元も僕らの世代以下では、基本的には廃れつつある。
だいたい、2000年の小泉改革の頃以来、そういうのに使える可処分所得はどんどん削られているのが実状だし。
年賀状も、そろそろやばい。年賀状2.0みたいなものがあると、いいな。
Facebookみたいに、全員がアカウントをもっていて、送る、というか、一年ごとに年賀のページを更新すればいいんだと思う。
それぞれが、年賀状のリストみたいなリンクリストをもっている。そういうの誰かが作っていれば、ひょっとしたら日本もFacebookとタメ張るSNSを作り出すことができたのかもしれない。

同様にSNS時代に、人の死・葬儀、エンディングに関する問題はどうにかできないのか。
多分なんらかのビジネスチャンスがあり、誰かがモデル化するのだと思う。

* * *

患者さんの話に戻る。
やっぱりエンディングノートに、葬式で呼んでほしい人のリストとか、書いておいたらいいんじゃないの?という話になった。

「そうねー。そうするわ」

とお帰りになった。

が、帰ったあとアシスタントが、
「でも、大親友というのも、主観的なものですからね……
 友人と思っているのは自分ばかりで、勝手に親友と思っていてて、リストに名前がないのもショックじゃないですかね…」
とぽつりとつぶやいた。

おい! 君! 何があったん?!

(※内容には一部フェイクが混じっています)

*1:とか言っていたら、インフルBが出た!

*2:旧来の葬祭会社は、このあたりの褒め殺しで料金を自動的にのせていく営業トークに、真髄があった

*3:なんか自己評価が過大、みたいな気になってしまうよね

*4:まあ、医療もそういう閉鎖業界の最たるものだ。てへ。

インフル狂想曲 その2

前回のエントリーでは、インフルエンザのこと、といってもゾフルーザについて書きました。
hanjukudoctor.hatenablog.com

結局ゾフルーザは僕まだ使ってません。患者さんに「あの新しい薬ないの?」とはいわれましたけど、
「あー、あの新薬、テレビではいいことばっかり言うてますけど、あんまりよくないって話ですよー」と言えば、
そうなん?とそれ以上はゴリ押しでねだる人はいなかった。
そんなこんなしているうちに耐性化のニュースとか出たので、今年はこのまま使わないような気がする。

* * *
基本的には感染症専門医には従う、素直で可愛らしさをウリにしている私ですが、
それにしても、感染症専門医の最右翼は「市中の患者に抗インフルエンザ薬なんて無用!家で寝ていたらええんや!」という意見。
さすがにこれは与することはできない。
市中の弱小内科医なんて、客商売なので、基本的にはクライアントの要望にこたえないと商売あがったりです。

もちろん、不適切な患者のニーズ、例えば、風邪に抗生剤とか、治る注射してくれとかそういう譲れない一線はありますよ。
でも、抗インフルエンザ薬を出す、インフルエンザキットを使う、は、
まあそりゃ若年の方の場合はおとなしく家で寝てりゃ治る…と思いますけど、
治療そのものが不適切、とまでは思えないですね。

感染症専門医の多くは基幹病院の中にいらっしゃる。
そりゃ確かに感染症専門医は、生きるか死ぬかの人相手にしてますから、そういう人からみれば、外来のインフルなんて「死ななきゃOKでしょ」という感覚でもおかしくないのかもしれないけどさ。
でも、不適切な情報に踊らされる患者の大群に対峙するわけじゃない。
キレイな戦略は「薬よこせ」と殺気だった患者を前にしてまで、初志貫徹できるのか。


この辺は、大日本帝国陸軍の参謀と兵士の関係にも似ているものがある。
その点では開業医には感染症専門医に対するルサンチマンも幾分かあると思います。
かといって、開業医がゾフルーザを出しまくっているという現状も、やっぱどうかなあと思う。

落し所はないもんか、といつも思っています。

Spreader

今は流行期。
症状通りにキットで陽性、だといいが、キット陰性だと、偽陰性とみなして陽性とするか、陰性とするか、迷う、なんてのもよくある話。
ただ、その逆で、臨床的にインフルエンザを強くは疑わない(熱が高くない、感冒症状もそこまで強くない)人にも、インフルキットを使って、キット陽性なんて事例、時々お目にかかる。
まあこれって、臨床診断をおろそかにしているから、こんなブサイクなことになるんじゃ、みたいな話なんだが、
これ、昔はそのままスルーされていた不顕性感染が、たまたまひっかかった、というとなんだと思う。

こういう人って、元気でうろつきまわるから感染の密かな原因である可能性もあると思う*1
不顕性感染って、どれだけいるんでしょうね?
インフルのワクチンうっていて、抗体が十分にある無症状の僕らも、調べてインフルキット陽性だったらどうしよう、とか不安になってしまう。
ただ、街場の臨床家としてはこういう人、
・抗インフルエンザ薬を出すべきかどうか?
・いつまでSpreaderとしての感染能を持ちうるのか?通学・勤務禁止ってどこまですべきなのか?
というので、考え込んでしまう。

臨床的には抗インフルエンザ薬は有熱期間を短縮する、というエンドポイントしかない。
だからそもそも有熱期間がない方は、薬剤を処方する意義はない、と考えていいんちゃうんかな、と思う。
でも、作用機序から考えると、病原体を抑え、その結果感染を早期に終息させるわけだから、こういう人に抗インフルエンザ薬を使うのは、この人の転帰には関係ないものの、集団での感染流行に対して多少は抑制的には働くはずだ。
まあインフルエンザAの流行期に限っていえば「なしのつぶて」だろうなと思う。
コストパフォーマンスが悪すぎるから、まあ出しませんでしたけど。
SporadicなインフルBの場合は、Spreaderは治療したほうがいいのかもしれないな…とか考えたりします。
データないですけどね。

予防投与:

介護施設医療機関の管理者としては、昨今インフルエンザが施設内・院内流行すればその責任を厳しく問われる風潮になっている。記者会見とかしばしばあるじゃないですか。
なので、例えば同室の患者さん(もしくは利用者さん)にインフルエンザがでたりした場合は、抗インフルエンザ薬を予防投与で処方する、ということをやっている。この際に、担当していた職員もインフルエンザ患者に接触しているために、これも予防投与を行っているが、厳密にいうと、予防投与の対象ではない。

インフルエンザ予防投与の対象者は

  1. 高齢者(65歳以上)
  2. 慢性呼吸器疾患/心疾患患者
  3. 代謝性疾患
  4. 腎機能障害者

となっており、健常な一般職員に対して予防投与を行う事は厳密にいうと要件を満たさない。
だが、もしそういった予防措置をせず、結果院内でインフルエンザがどんどん広がる、という事態は、なんとしても防いでおきたい。

ということで、インフルエンザが出た場合に、職員には予防投与をしている。
もちろん病院もちです。
あ、もちろん職員も極力ワクチンは打っていますよ。
その上で、の話です。
これも、厳密にいうと正しいとは言えないので、モヤモヤしています。

もいっちょゾフルーザの話

ゾフルーザあきまへんで、という話を前回書いたのだが、少し考え直して、単独使用だからいかんのではないかと思いました。
変異(耐性)の起きやすい薬剤を使う際には、

  • 全体の耐性化を防ぐために、限られた局面にしか使わない(ファーストチョイスにしない)
  • 多剤同時使用にする

という戦略があります。これに従えば、ファーストチョイスにせず、使うときは既存のノイラミニダーゼ阻害薬とゾフルーザを併用すれば、
ウイルスが急速に消失し、耐性化ウイルスが他所に伝播しにくいのではないか?

極端な話、10割負担で10万円とかの値段にして、どうしても体弱い方とか(これは保険OKにして)、忙しいエグゼクティブ限定の薬(これは自費)にしたらどうだろう。処方の数自体が減れば、全世界的に流行するインフルエンザの中でのシェアが減り、耐性化圧力が限定的なものになるので、耐性株の検出は結果的に遅らせられるかもしれない。
今みたいに、ファーストチョイスで使う、というのは、薬を大事にしない愚策のような気がする。

ただ、まあ、そういう「不平等」さって、多分世の中に受容されにくい。無理でしょうね、そんな事。
ちなみに、僕は家で寝ている方を選びます。

それにしてもタミフルって使われて20年くらい経つのに、耐性獲得、意外なほど少ないんじゃないかと思う。
日本が8割くらいタミフル使っている、という話だけど、その他の国も本気で使いだしたら多分耐性化はもっと早まっただろうし。
結局世界の中での日本の人口比率って、大したことないってことなのかな。

*1:ある研究では、症状の強さとウイルスの濃度が比例するという報告もあるから、そこまでは感染力は強くないのかもしれないけど

インフル狂想曲

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インフルエンザ、流行っていますね……

 私年末に医師会の夜間診療所の当番をやったんですけど、有熱患者のうち半分がインフルエンザキットが陽性となっていました*1
 患者さんの数自体はそれほど多くはなかったんですが*2、年末年始の民族大移動で、こりゃあ流行るだろうな……と危惧していました。
 案の定、年明けからここ1、2週は地域でも来る発熱、来る発熱、インフル。外来大混雑。
 まあ、個人的にはノロウイルスの方が苦手なので、インフルならよしとしましょう。
 別に「病院来なかったらいいんじゃね?」とかそういう野暮なことはいわん。

* * *

 ところで、今年は新薬「ゾフルーザ」がメディアを賑わせていました。
 一回投与で治りが早い、というのが謳い文句ではあります。
 ただ、専門家と一般*3の間には、この薬については大きな温度差がありました。アミノ酸変異が高率に起こる(すなわち耐性化ですね)ため、感染症専門医は導入に懐疑的で、感染症学会・小児科学会はガイドライン上推奨はしないという流れで、シーズンを迎えたわけです。また亀田総合病院という「りっぱな」病院も、ゾフルーザ導入しないと表明されていました。

 当院では、そういう事例を受けて、ゾフルーザを導入するつもりではありませんでした。
 だが、誰かが電子カルテにマスタ登録したために、いつのまにか出せるようになっていました*4
ちっ。

* * *

 大学院のときB型肝炎ウイルスのゲノム研究をしていた関係で、従来の抗インフルエンザ(ノイラミニダーゼ阻害薬)とゾフルーザの作用機序の違いくらいは説明できます。

 簡単にいうと、ウイルスっつーのは猛烈に増殖を繰り返すことで生存できるわけなんですけれども、遺伝情報(インフルエンザでいえばRNA)の複製にはポリメラーゼというウイルスの蛋白が関与してます。ゾフルーザはポリメラーゼ阻害薬の一つで、ウイルス遺伝子の増殖を止める。
 ウイルスの増殖サイクルに直接作用するので、確かに効きも早いといわれると納得。

 これだけ聞くと、いいことずくめやん?とも思えます。
 が、問題やっぱあると思うわ。

 感染症専門家が新薬に慎重なのは、これはお家芸みたいなものではあるんですが、過去さまざまな抗生剤新薬の濫用で痛い目にあってきているという経験もある。何も考えていない一般開業医が、どんどん外来できっつい抗生剤使っちゃう、みたいなことは、過去の歴史でもあったし。
 その意味でも、濫用にブレーキをかけるのもわかる。
 でも、作用機序的に、この薬やばいんちゃうかなーと、この僕ですら感じます。

でも、感染症・ウイルス学のスペシャリストではないので、そこんところは割引いて読んでくださいね。

* * *

ポリメラーゼっていうのは、ウイルスにとっては死命を決する、めっちゃ大事なタンパクなわけです。
それを阻害する薬は、確かに効くでしょう。
ですが、ウイルスも必死で抵抗します。
そんなん。
ほら、僕らも、頭叩かれるくらいやったらまあいいですけど、キンタマつぶしに来られたら必死に反撃しますやんか。
ウイルスは数で勝負。とにかく膨大な個数がある。そしてRNAウイルスですから、変異の頻度もすごい。
その掛け算で、どうやっても生き残るやつ=耐性ウイルスがでてくる。

B型肝炎ウイルスの薬も同じようなポリメラーゼ阻害作用なんですが、一番最初に出たラミブジンという薬は耐性が起こりやすく、その後治療に難渋しました。
それでもB型肝炎ウイルスは、血液を通してしか感染しませんから、耐性ウイルスで困っても、その耐性ウイルスが、他の患者さんには原則感染しません*5
ウイルスはその患者さんの体から、出てゆくことはなかなかできない。
その患者さんが亡くなれば、耐性ウイルスは地域に広がることは、ないわけです。
そこでリセットされちゃう。

でもインフルエンザは飛沫感染で、めっちゃ他の人にうつります。
要するに耐性ウイルスは、その個体からよそに逃げることができる。
それなら、さらなる耐性化の連鎖が起こりやすい。
だから、耐性化の獲得は、ずっと早いんじゃないかと思います。

もちろん、必須の蛋白が変異してしまった株は、増殖力が弱く、野生株を制圧する感染力にはならないのかもしれない。
でも、変異のさらに変異、みたいなのが起こって、増殖力はもとのままで薬が効かないものが出たら、アウト。
もしかして、従来のウイルスよりも厄介な能力を有するやつなんかでてきたら、もっとアウト。

* * *

インフルエンザって、確かに風邪としては重い症状だし、高齢者だと死ぬ方もいます。
でも、現行の治療体制で、別に困っていない。
死ぬ人がいるので、確かに困るんですけど、ゾフルーザによって、高齢者の死亡が抑えられるか、というとそういうわけでもない。
多分インフルを薬剤で抑えても、普通の風邪でも亡くなります。弱い高齢者の方は。
これくらいは、社会が許容しなければいけない犠牲だと思ってます。

でも、ゾフルーザで、ひょっとしたら、なんかようわからんパンドラの箱をあけてしまいはしないか…*6
という危惧はある。
これは別のウイルス変異ではありますが、新型インフルエンザ、鳥インフルエンザなど、ウイルスの変異でえらいことになる可能性は今後もある。
ゾフルーザは、ウイルスに修正圧力をかける。
ひょっとしたら、そういう変な変異を招く可能性は……
とか考えちゃいます。

* * *

皮肉なことに、そういう意味では、ゾフルーザ、出すなら今のうちなのかもしれません。
今年のウイルスには効くわ。
でも、その診療行動が、来年以降の耐性ウイルス化に、ひょっとしたら手を貸すのかもしれない。

*1:当然全部Aです

*2:多かったらマジ死ぬ。夜間診療。

*3:一般というのは、非医療関係者、というのと、非感染症専門医、両方です。

*4:院内採用については、院内の薬事委員会を通すことが必要なんですけど、院外処方については、マスタ登録するだけなので、比較的簡単に登録をすることができるシステム運用なんです。これは、外来でよその処方を出すときに、いちいち薬事委員会を通していたら仕事にならんという事情があったため。

*5:もちろん、B型肝炎の感染様式に従い、耐性ウイルスを持っている人が性交渉で他の人にB型肝炎をうつしてしまう、ということはありえます。その場合初手から薬が効かないのでかなり困った事態に陥ります。大学に居たときにみたことがありますね

*6:「耐性ウイルスが検出された」という報道もなされましたが、治験の段階で、耐性ウイルスが一時的に内服患者の鼻汁に出現するという報告は、当初からでていました。

夜間診療 2.0

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一応内科医のはしくれとして医療界に身をおいて20年目になります。

冬は一般内科医のハイシーズン。
普段の定期通院の患者さんに加え、風邪とか肺炎とか、血管イベントとかいろいろで、じわっと外来診療の数が増えます。
おまけに1〜3月は祭日も多から通常外来も飽和気味。
入院も増えているし、一日終わるとヘトヘトです。

中小病院は「かかりつけ医」として定期通院も診るし、緊急入院も診られる。ある意味経営的には最強ではあるがその分、忙しいときは忙しいですわな。
「かき入れ時」であるのは事実なので、がんばります。

* * *


内科救急、時間外診療を20年近くやっていますが*1、夜間休日・時間外診療って、理解よい患者さんばかりではなく(すごく婉曲な言い方をしました)不適切な患者のニーズ(風邪で、抗生剤をだしてくれとか、点滴を出してくれとか)とやりあう、なんてことはしょっちゅう。*2*3

最近は、厚生労働省が、風邪診療のガイドラインとか抗生剤の適正使用のキャンペーンをはってくれてるおかげで、風邪に対する抗生剤処方、対応しやすくなりました。患者からの求めも断りやすいし、濫用しがちの医師にも注意はしやすくはなりました*4

ただ、やっぱり救急外来・時間外診療は、不確実性が高い。
時間外受診は、どうしても、オーバートリートメントになりやすい。
抗生剤投与も「念の為入院」だって、ある種の過剰診療だったりする。
例えば高齢の方で上気道症状、採血して、CRP 3、WBC 9000(微妙!)痰がやや粘調……
60歳だったら多分抗生剤出さない。要介護4のCOPDの90歳だったら…出すかなあ。
では75歳の自立の方だったら?85歳だったら?
判断に迷う症例は、常にあります。

* * *

特に時間外・救急診療はそうですが、外来にやってきた患者さんはその後フォローできない、という前提条件で救急医療体制は構築されています。
一期一会。フォロー必要なケースは、つかまえておくしかない。
一般に、点滴など加療が必要な方は入院し(入院できなければ入院できるところに紹介する)。内服薬でなんとかなるような人は外来で診る。
それでなくても、不確実性ゆえに、一泊入院して様子をみる、なんてこともしばしばあります。
胸痛とか卒中などは、それぞれProtocolが確立されていますね。
それ以外にも悪性転帰を予測できない症候ってあります。
「当直ご法度集」とかそういう本は、事例から学べるTIPSです。
こうした本での教訓はやはり「安易に帰宅させる」への警告。いったん帰宅させて病状が悪化して……悪夢のような経過をたどる。
ただ、そういう事例はナラティブなレベルで注意喚起はされるが、定量的には評価されてはいない。

現行の体制では、できる医師は、安易に帰宅させず、最悪の事態を想定して診療を行う。
帰宅させるより入院させた方が安全。
その医療体制に、私も疑問を持ったことはありませんでした。そういうもんだと思ってたから。

電話再診を義務付けるようにしたらどうか?

ただ、ちょっと考えると、今は、ほとんどの患者さん、携帯電話もっていますよね。
もしフォローアップしようと思えば、フォローアップできるのですよ。
これを、もうちょっと診療行動に組み込めないもんでしょうか?*5

例えば、頭痛と吐き気がある。明確な髄膜炎とは言えないけど「髄膜炎も否定できない…」と迷うシチュエーションってありませんか?
どのように熟練しても、症状は段階的なものであり、閾値をギリギリ下まわる症例は、常に存在する。

そういう際どい症例、夜間に「念の為」髄液採取を行う?もしくは経過をみるため入院させる?
それもまあ一つの正解でしょう。
でも、例えば医療スタッフ、事務でもいいが、3時間毎に連絡を入れて症状の確認をする、なんて選択肢があるとすれば?
あらかじめ、内服薬(NSAIDs)を用いても、X時間たっても症状が改善しない、意識障害が生じる、など条件を設定しておき、その条件を満たせば、病院に来てもらうように、予め決めておく。
もしフォローアップのアルゴリズム化ができれば、ハイリスク症例はともかく、ミドルリスク症例については「手遅れ」を防げるのではないか。
それゆえに「オーバートリートメント」も減らせるんじゃないかと思います。

対象になりうるのは、腹痛、喘鳴、めまい、髄膜炎兆候、などですかね。
治療介入閾値の手前の症例は、帰宅経過観察で、必ず連絡をとることで帰宅経過観察の精度を上げられないだろうか。

今はテクノロジーでなんとかできる部分もあると思います。なんなら、体活動計やサチュレーションモニターを貸与し、遠隔でモニタリングしてもいい。

* * *

しかし今そういう診療を自院ではじめようとしても、難しい。
なぜならデータがないから。
何時間まで経過をみて、症状がどうなったら安心なのか、逆にただちに病院に受診すべき状態なのか、という定量データがない。
重症例は入院しているので今までの統計を外挿してもいい。しかし軽症例についてはデータがない。
有症状で外来受診される方を「外来で泳がせると」何時間でどれくらい変化するのか、どのような転帰をたどるのか?
このデータを蓄積させないと、外来モニターありの診療体制に移行できないと思っています。

もし全国的にこういう取り組みができれば、データが蓄積できれば、夜間救急外来での「見落とし」「見逃し」も、
不確実性から必然的に生じるオーバートリートメントもだいぶへらすことができるのではないか、とも思います。

今の医療体制は、ERにいて「医師」からみた視点で、診療がまとめられています。
そうではなくて、「患者」の視点で診療体制を構築するなら、こういうフォローアップ体制になるのではないのかな、と思います。

そういう体制をつくると、夜間診療はより安全なものになるし、医師が悪性転帰に責められることも減るのかなあと思う。
もっともそうなると、医師よりもナースプラクティショナーが夜間診療に出張ってくる時代になるかもしれませんが。

*1:私は、スーパーローテート直前の最後の世代でもあり、田舎に配属されたこともあり、3次救急の経験がないのです。

*2:医者になりたてのころは「すごい高血圧なので薬で下げてくれ」っていうの多かったですね。ちょうどアダラートカプセル舌下が非推奨になった頃です。今はだいぶ減りましたが、今でもたまにあります。

*3:普段医者行かない人が、救急外来受診して「なんやこれはどないなっとんじゃ」的なことをBlogとかで書いて、逆に総たたきされる、なんてのも時々みかけますね。

*4:患者さんには「僕ら怒られちゃうんで…厚生労働省にー」とかいいます。濫用する年配の先生には「病院としてこういう方針でいくことを目標設定していますんで…」と言いやすいですね。

*5:例えばアメリカのERでは、そういうことはできません。無保険者、低収入者の最後の砦であり、ER診療は一期一会に、どうしてもなる