
うちは中小病院なので、目立った恩恵はなく、新しい加算を粛々と取ってゆくのみ。
嘆息。
AIの使い方
最近読んだけんすうさんのnote。
kensuu.com
深く同意しました。最近自分も同じような経験があったんです。
私とAIとの関わり
数年前に生成AI黎明期から*1にこういうブログを書くときのサポートをAIにさせたりしていたんです。
hanjukudoctor.hatenablog.com
確かに最初はAIすごいな、と思った。
慣れてきたら、だんだんラクをして、
まず箇条書きのメモから本文テキスト生成をAIにさせて、できた仮完成テキストを私が足し引き(引きの方が多い)して、文章を完成させる。
みたいな感じにしていたんです。
AIを頼れる部下にしてたんです。*2
しかしこの方式でテキストを作っても、あんまりいい読み味にはならないことに気づきました。
AIの文章は減点法で評価したら100点なんですけど、それだけ。
頭に残るものが少ない。
仕事とかで使う原稿とかは全然それでいいんですけど(コラ)、
自分が書いたものを世間に出す目的だと、そんなの、数多ある文字情報のゴミを増やすだけだよな、と思ったりしてました。
アフィリエイト目的のなページって、文章は一見しっかりしてるのに得るものが何もないテキストが山ほどあります。ある時期から、この手のページはAIを使ってると思われる感じになりました。読んでも一層得られる情報がない。
そういうのを見るにつけ、ゴミを増やすわけにはいかん、とか思ったりするわけ。
なのでけんすうさんのnoteを読む前から、
自分のAIの使い方は変えてました。
AIに上司の役をさせるわけです。やっぱり。
編集者というか、デスクというか、そういう役を。
とりあえずテキストを書くのは私。
出来上がったら、テキストをAIに見てもらう。
「論理的におかしくない?」
「もっと伝わるような話し方にできますか?」
みたいに、お伺いを立てる。
そうすると、
「うーん、ここは少し論旨が弱いですね」
「やや不正確です。わたしならxxxx〜という一文を入れます」
「この表現だと敵を作りかねないです」
みたいなアドバイスくれるんですよね。
上司部下を転倒させることで、むしろ文章の完成度は上がったように思います。
しかし、もうこれ、人間の創作活動としてはだいぶやばいことになってるんじゃないか?
と思う。
勝ちか負けかでいうと、負け。
文章力なくても、文書けるよ、これ。
もちろん提示された選択肢の選択やAIへのプロンプトも含めると文章力で成果物の出来は左右されるとは思うけど、まあそれは好みや自己満足に過ぎないとも言える。AI使えば、アホでも少なくとも怒られない程度の文章は書ける。
テキストの読み手もAI
そもそも文章はもう時代遅れだなと痛感してます。
2000字以上のものは読んでもらえないです。
アクセス数は年々減ってる。
同じ情報であれば皆youtube動画を見る時代。
長いテキストを読む文化は、ほぼ消失途上にあるなーと痛感しています。
この辺りは、この本を読むと理解しやすいような。
僕自身はテキスト書きのマネタイズの努力を放棄しているから(本業で稼ぐから)なんとも思いませんが、収入源として本気でやってる人はクリエイションの主軸をyoutubeやtiktokなどの動画生成に移すよな、と思う。
むしろAIが読者
ただ、こうやってしこしこ書いてるテキスト、むしろAIが読んでくれてるみたいなんですよね。
狭い分野についてさらに深掘りしたくてAIに検索をかけたりすると、なんか見たことあるような情報…あ、これ俺が書いたやつだわ、みたいなことはしばしば起こります。
だから、最近はAIに一次情報を提供する意義があるならそれでいいや、と思ってます。
ホモサピなんかもう知らん!
ってすねちゃったりして。
おそるべしFable。
この数年で、AIもどんどん進化してて、賢くなっていることを実感してます。
今や東大を首席で入学できるらしい。
私はnoteでジャズのこと書いてるんだけど、時々割と難しいテーマ書こうと、資料を集めたり、論旨を整理して書きかけのテーマはいくつかあるんですよね。
そういう論考系の場合AIを壁打ちにしたりするわけなんですけども。
たとえば、
- 80年台のヤンキー漫画、『ビーパップハイスクール』はジャズ文化とどのような関係があるのか?とか、
- 日本でのジャズの流行はクレオール文化の観点から考えると理解しやすいのではないか?
とか、そんな感じのすぐには答えが出ないテーマについて書こうと思ってるわけ。
最近、久しぶりにclaudeを開けると、話題のFableが使えるようになったから、こういう難しい話を振ってみた。
そしたら他のAIに比べて格段に深い答えが返ってきました。びびった。
そのあとアメリカ様の思惑でFable使えなくなったので、本当に運良く使えてラッキーでした。
しかし正直、この得られた答えを元に記事を書いたとしても、ほとんどの読み手のリテラシーのキャパを超えてるからバズらんな、と思った。
その意味ではファブル(本当はフェイブルだと思いますが、漫画『ファブル』好きなもんで……)級の賢さは、もう俺たちの手にはおえない。
…とタイトルで呟いたわけです。
AGIはともかく、AIはマス層の知性を遥かに凌駕する領域に達しているとは実感した。
こんな世の中で、今の若者は勉強する気になるんだろうか?
少なくとも座学や思惟の領域では、AIにはどうしても勝てそうにない。
……ま、physical AIが出現するまでは実験や物作りの領域の需要は消えないか。










