半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

去年の喧騒

f:id:hanjukudoctor:20171224125108j:plain:w350

気がつくとすっかり秋だったりします。8月、9月とあんなに暑かったのに。

* * *
昨日は特別な一日でした。
うちの医療法人にとって、とても大切な先生が亡くなられて、ちょうど一年が経つ。
その日でした。

当医療法人は慢性維持透析を基幹業務としています。病院とサテライトクリニックが二つあるのですが、当法人にとってメインエンジンとでもいうべきサテライトクリニックの院長を20年も勤めていらっしゃった先生。
法人を創業した父の、文字通り片腕とも言える大きな存在でした。

あの朝、突然胸の痛みを訴え、救急隊が駆けつけた時には心肺停止状態。
病院に運ばれて一時は心拍再開したものの、脳には取り返しのつかないダメージを負っており一日ももたず亡くなられてしまいました。
60代の前半、医者としてはまだまだ働き盛りでした。

* * *

まったく予想外のことであり、現場は混乱どころじゃなかった。
悲しみにくれてしまいたい気持ちをぐっと押し留め、明日からの診療をなんとかしなければいけません。
何より膨大な量の患者さんをほぼ一人で把握しておられたので、その後どうするか、途方に暮れてしまいました。

これは残念なことであるのですが、職人肌の先生で、ほとんどの患者さんとのやりとりは自分の頭のうちに収めておられ、カルテ記載を事細かにするタイプではありませんでした。そのため、膨大な患者さんに関する情報が、そのまま失われてしまったことも痛手ではありました。

* * *

当座の透析の管理と回診は、病院の透析担当の先生にかわるがわる交代で入っていただきました。
手薄になった部分は大学の医局に応援をたのみ、とりあえずはなんとかしのぎました。

その間、次の院長をどうするかということを模索しなければいけません。

大都市圏はともかく、透析管理のできる医師はこの辺ではそう沢山いるものでもなく、探して見つかるのだろうか
……かなり途方に暮れておりました。

詳しくは書けませんが*1、偶然に偶然の大僥倖で、新たな院長として来ていただける人がみつかり10月末には、来年度から赴任していただけることが決まりました。

来年度までは人員の少ないなか苦しいやりくりを強いられるものの、年度末まで我慢すれば……という希望が見えると、人は頑張れるものですね。
精神的な希望って、とても大事だと思いました。

* * *

その後のことは忙しすぎて思い出したくもありませんが、数々の不愉快な出来事もあり、病棟・外来の忙しさと、人数が少ないことで手薄になる透析部門のケアを行いつつ、とにかく例年よりも働きました。*2

僕は今までは透析部門にはあまりかかわっていなかったのですが、透析患者の全身管理は勉強をして*3ローテーションの一角に加わりました。やってみると、透析管理は医学的になかなかおもしろい領域だなあと思いましたが、そんな余裕はその時はありませんでした。
しかし、折しも冬で病棟は満床、ずっと満床……。
控えめに言っても修羅場以外の何者でもない冬でした。

* * *

嬉しかったのは、病棟を始め、すべてのスタッフが頑張ってくれたことです。
大きな精神的支柱を失い、みな少なからず動揺もしました。
しかし、患者さんからの不安からくる辛辣な言動にも耐え、忙しい業務にも耐え、一丸となって、年度末を切り抜けました。
私もとにかく診療を維持するためにあちこち走り回り、外来・病棟・透析とあちこちに顔をだし続けました。

私は創業者の父の後を継いだ二世でしたから、それまでは、どこか皆も「ぼっちゃん」的な受けとられかたをしていたように思います。
一冬の修羅場を戦い抜いた今、名実ともに理事長としてのリーダーシップを発揮できるような気がします。ともに戦った戦友として指揮官として認められたんじゃないかと思っています。
昨冬はすべての部署を把握できた自信があります。それくらい診療に埋没していました。

* * *

一人は病死され、また一人の先生は病院を去り、来年度初めに来るはずの先生は土壇場で撤回されるという、医師に関する限り、さんざんな2017年度でした。が、蓋を開けてみると、昨年度は過去最高の業績(医業収益)でした。
例年よりも忙しい中を頑張ってくれた医師のみなさん、コメディカルのみなさんには心から感謝しました。
(もっとも、誰よりも自分自身が働いた自負はありますけれど)。

年度が変わり、すばらしい先生が二人やってこられ、病院も、透析クリニックも元気にやっています。
昨年度からやっていた透析クリニックの改築工事も終わりました。
改築を楽しみにしておられた亡くなられた先生はもういません。
 でも、なんとか先生の診療そのものは守り抜けたように思います。

少し秋の風が少し沁み入る、こんな日です。

*1:あるいはもう少しほとぼりが冷めてから書くかもしれません

*2:もちろん、いろいろ犠牲にするものはあって、たとえば医師会の業務の一部を辞めたり、以前に常勤として勤めていた基幹病院の外勤も週1から月2回に減らしたりもしました。また自分がリーダーのバンドはこの日以降基本的に凍結しています。そんな気にもなれなかったので。

*3:成書を一通り通読し、FAQ的な本を4−5冊読みました。最近はガイドラインなども充実しており、内科の歴もそれなりにあるので、95%の事象には対応できました。あとは経験者に訊いてなんとかした。

旅いろいろ

f:id:hanjukudoctor:20181006101229j:plain:w350
入り口の立看、を撮っている知らない人を撮る。

第一ホテルの話

今週は東京出張だった。
お台場が会場だったのだが*1、新橋の第一ホテルに宿泊した。
内装や什器についてはどちらかというとオーセンティックな造りで、不満はなかったのだが、多分何度も泊まりはしないかな、と思う。

しかし、すごく昭和感というか、懐かしみのある雰囲気……
これは一体……
ん?

* * *
f:id:hanjukudoctor:20181005181051j:plain:w250:left
少し調べてみた。
これは、きっと親世代の人間には周知のことだが、私より下の世代は知らない知識*2

第一ホテルはかつては名門であり、高度経済成長期にはホテルを全国チェーン展開していたホテルグループなのであった。セカンドラインである「第一イン」という名称のホテル群があったのだが、その一号店は福山だったそうだ。(Wikipedia-第一ホテル を参照)


あー。そう。
「第一イン福山」。
家から結構近いところにかつてそのホテルがあった。
今はもちろん、建物も解体されていて跡形もない。

確か、3階には中華料理店があった。私の姉妹は車酔いしやすいので、自宅から歩いていける距離のこの店にはよく食べに行ったことを憶えている。うちは上得意だったのか、年に一度鶏の丸焼きみたいなものが届いていた*3
懐かしい気持ちにおそわれたのも無理はない。

* * *

今となっては失われてしまったホテル系列の旗艦。
ダメになってしまった昭和の遺産。
しかし系列のチェーンにはやはり似たDNAがあるのだろう、建屋の形や内装なども、以前福山にあった第一ホテルとどことなく似ているように思う。それとも時代精神か。
期せずして30年前のことに思いを馳せることになった。

皆さんは第一ホテルグループ、覚えていますか?

ホテルのインフラの変化

医者になってからあちこちと出張に行き、色々なホテルに泊まった*4

2000年代前半は、wi-fiを宿泊客に解放しているホテルはほとんど無かったように思う。だから、出張には、有線LANコネクターが欠かせなかった*5
少し時代が下って2000年代後半には、主だったビジネスホテルではwi-fiが整備されたように思う。ただ、この頃は、家族旅行などで観光地のホテルに泊まればwi-fiは当然のようになかった。「仕事じゃないでしょ?いらないでしょ?」と言われているようだった。

状況が変わったのは2012年から2014年くらいだろうか。
いつのまにかほとんど全てのホテルでwi-fiが提供されるようになっていた。あまりに自然な変化で気づかなかったのだが、おそらくwi-fiの用途がPCからスマホに移行したからだ。というか、スマホが圧倒的に普及したために、相対的にPCのシェアが低下したんだと思う。限られた用途に使われていたwi-fiは、ないと生活が回らないようになりつつあるし、カズレーザーもそりゃギャグにする。

何にしろ、wi-fiが当たり前に使えるのは便利なことだ。有難い世の中だと思うよ。

* * *

ところで、ここ最近のホテルアメニティの潮流は、スマートテレビとでもいうのだろうか、TVのコンピュータ化である。昨年末泊まったホテルではApple TVが備えられており、スマホmacの画像のミラーリングができることに驚いた。
そのホテルは「俺新しいホテルっす」とでも言いたげなルックスだったんだが、このオーセンティックな第一ホテルでも、電源を入れるとまずあらわれる画面で、YouTubeが見れるのである。ペアリングして個人のアカウントを使うこともできる。またHDMIケーブル(貸し出してくれるらしいが)で、PCのミラーリングもできるそうだ。

* * *

時代物のように見えるベッドのフレームにも、充電用のUSB の穴もある。
見た目ほどオーセンティックではないのだ。

* * *

病院に要求されるインフラも、じわじわとではあるが、進化しつつある。二年前に病院を建て替えたときには外来・入院中の患者さん用にFree Wi-Fiを導入した。これはまだ医療の世界では当たり前ではなく、まあまあ喜ばれて、付加価値を付与できたが、まあ優位性があるのはせいぜい2-3年というところだろう。時代遅れにならないように次を見据えて何か導入してみよう。

*1:基本的には学会などで宿をとる場合、僕は最寄りではなく少し離れたところにホテルを取る傾向があります。

*2:多分今どきの大学生に聴いても山一證券とか知らなかったり、そごうも忘れ去られていくのだろう

*3:もらっていたのか、買っていたのかは知らない。子供の頃の話だから

*4:私は要求するQOLが低いので、そんなに高級ホテルには泊まらない。たまに製薬会社招待で泊まるホテルは、私の普段使いのグレードよりずっと高い。個人でそれよりも上のグレードのホテルに泊まる投資家兼業の先生方もおられるようだが、わたしには無縁の話だ。

*5:Windows機だったのでノートPCの側面にイーサネットのコネクタがついているのが一般的であった。奥行きの浅い文机の引き出しを開けると鼠色のLANケーブルが今でも大抵ある。

44歳になった話。

f:id:hanjukudoctor:20180905174510j:plain:w350
ちょっと聞いてください。気がつくと誕生日を迎えまして、44歳になりました。
44歳ですってよ。もー。
ギリギリアラフィフではないのですが、さすがに若者という枠からは外れている。
精神年齢は20代からあまり変わっていないんだがなあ。
* *
私は2000年に大学卒業して半年大学病院で研修したあと島根の中小病院に赴任しました。そこの内科部長が確か45歳でした。まだけつに卵の殻のついたひよっこの自分からは、内視鏡はめっぽううまく、言葉遣いは乱暴だが病棟のおじいさんおばあさんに温かい目を注ぐ頼れる存在でした。*1
ただまあ、天然パーマに、白いスクラブの上に半袖の長白衣という独特な風貌。突き出た中年太りで、めちゃめちゃおじさん感がありました。*2
もう、そんな歳なんだなあ……

そりゃあ、今やあたしも基幹病院の内科部長とどっちが偉いかわかりませんが、複数の医療機関をもつ医療法人のトップです。だから、そりゃまあそうか。という気もします。
そりゃ、そんな年だわな。
* *
しかし自分がいる社会的なクラスの中ではまだまだ若手ね。
親の代の人たちもバリバリ元気なので、経営者としては「若手経営者」なんです。まあ国会議員とかでもそうですよね。
IT業界などとは違って、医療・介護分野はかなり保守的です。一代で起業し病院経営をする同年代の先生というのは少ないから、どうしても二代目三代目の継承となる。とするとどうしても実力でポジションを勝ち取った…とはいえないわけで、その分の「上げ底感」がどうしてもぬぐいされない。ITの人たちは自分で起業して数千億円の企業規模の経営をしていて、本当尊敬しますね*3

そういう「自分が若手」のところで活動するとしばしば自分の年齢を失認しがちですが、気がつくと医者人生としては折返しです。人生100年時代*4で、年齢の感覚については、我々の認識の変化も甚だしい。このままいけば、ひょっとしたらずーっと「若手」みたいな立場で20年くらい経っちゃうのかもしれない。

その他のBlogの更新:

ブログを3つ書き分けているんですが、それらのリンクも随時示していくことにします。Blogは最新のものからリスト表示されるのが通例ですが、これは逆に古いものから新しいものに書いていくことにします*5

*1:この病院での研修生活、このS部長、それから理念を重視するY院長のスタイルが今の自分の医者のありようの種になっています。三つ子の魂100まででしょうか。

*2:多分内視鏡しやすい格好だったんだと思います。ただまあ見た目は榎本俊二の漫画にでてきそうな感じでした。

*3:そういう意味では、自分では俺たちなんて本当の経営者じゃあないなと思います。ホンモノじゃねえ。

*4:個人的には無理だと思うけど

*5:しかし、コンスタントにBlogを更新することが前提になるよな…すぐ無理になるかも

ひっこし

f:id:hanjukudoctor:20180917182055j:plain:w450

はてなダイアリーからはてなブログへ。

どうも。
この世界の片隅で時折つぶやいていた、ブログのような日記のようなやつ。
時々思い出したように更新していましたが、「はてなダイアリー」が2019年3月をもって閉鎖されるらしく、この「はてなブログ」にうつって来ました。サブアカウントを使って作っていたのですが、この際一本化しました。以後よろしくおねがいします。

といいつつ、続くかなぁ…
どうだろうなあ。

* *

考えてみれば、2005年くらいから、はてなダイアリーを使っている。この「更新日記」というやつは2007年からになります。*1

この間、Web上の「半熟ドクター」ではないリアルな僕も、岡山のワンルームマンションから2LDK、それから福山のマンションに引っ越し(3LDKだったかな)、今は一戸建てに住んでいる。3回引っ越しをし、その間なんだかんだあって*2、余分な引っ越しも2回はさんでいます。職場も3回変わっている。肩書もずいぶんかわった。肩書こそめちゃめちゃ変わりましたね*3

SNSだってまだMixiが現役のころからFacebookから、TwitterからInstagramとトレンドはかわっている。
だから、日記のスペースだって、そりゃ変わるよなーと思う。

* *

自分の本質、読書が好きで晦渋な性格は変わってはいないのだが、今では、CEO的な立場だったり*4、地域の医師会の理事とか、社交をもっぱらとするような役職に就いています。
全く性にあわないな……と思いながら「アカレンジャー」として振る舞っている毎日です。まあアカレンジャーたる自分に以前ほどの拒否感はなくなり外向的な行動がずいぶん増えているのが2018年の僕の近況でしょうか。

そういう外向的な自分と、Blog文章を書く自分とは、心のありようがずいぶん違う。Webであれ何であれ、文章というのはモノローグであり、演説とは少し違うように思います。

* *

まあなんだかんだいって、気がつくとBlogでものを書くことがすごく減ってしまっていた。
それはあくまでライフスタイルの変化に伴うもので、いいも悪いもないとは思う。
ただ、最近の自分は省察*5というものが少なくて、それは自分のようなタイプの思考を行うタイプの人格にとってはあまり望ましくはないのではないかという危惧はあります。もっとも、省察が減ったのは、単に自分が老いたために、思考のスタミナが落ちただけなのかもしれない。

ともあれ、自分のログを何らかの形で残すことは絶対悪いことではないとは思うのだ。
はてなブログ」に移り、日記帳がまっさらになったようなものだと思うはので、またぽちぽち書いていこうと思う。

*1:その前はHTMLタグ打ちでした。

*2:bbbbkkyとかね

*3:大学院生→市中病院の内科医師→私立病院の院長→医療法人の理事長

*4:職員は600人くらいいるんです。責任重大です。

*5:あ、これ「せいさつ」と読むんだね。「しょうさつ」と思っていました。変換されなくて気づきました

水害のこと

f:id:hanjukudoctor:20180707073159j:plain:w450
7/6の家の近所の貯水池。ありえないほど水位があがっていてぞっとした。
お久しぶりです*1


今になっては、関西での台風21号直撃*2、北海道の地震など多数の災害があり、全国的には少しニュースバリューが薄れつつある今、自分なりに広島県の水害を総括してみようと思う。

* *

水害があったのだ。
7月頭の、豪雨災害、私の住んでいる街、福山にもやってきた。
ただ、幸い、僕の家もうちの病院も施設も、さしたる被害はなかった。
職員の中には、床上浸水、床下浸水、水かぶって車が廃車になったり、断水地域から通勤している人もいたし、交通途絶で苦しんだ人もいた。ただ、職場そのものの被害はなかったので、対策はたてやすかった。

ナイーブすぎるのかもしれないが、広島県は災害の本当に少ないところ。
だから、こういう風に大きく被害を受けるんだ、という事実にまずびっくりしてしまった。その意味では、危機感の少ない地域に結構な災害がやってきたことになる。
*3

僕の街では結局人死にも少なく、震災などに比べたら大きな被害とはいえなかった。ただ、僕らは幸運だった…と手放しには喜べない。大都市に住んでいるわけではなく、我々には様々な地縁血縁のネットワークがある。近隣の災害を他人事として考えるようには習慣づけられていない。

* *

今回豪雨災害に直面してわかった不都合な真実
それは、水害は、運不運の要素が少ないことだ。
水は高きから低きに流れる。浸水しやすいところ、残るところは、水害がなくてもわかる。
冠水してくると、土を盛っている高くしている家は浸水しない。低いところは浸水する。厳然たる事実。

そして、行政レベルでも大体その辺はわかっているのだ。ハザードマップを見れば、平時でも、本当は水害のリスクが高い低いということは明示されている。つまり、被害は起こるべくして起こった、ということだ。

こういうと語弊があるな。
起こることが当然、というわけではないが、災害の濃淡には、台風や地震に比べると蓋然性の要素が低いと思う。

福山でも倉敷でも岡山でも、市の中心地の被害は少ない。多くは海側にあり、海抜は低いのに。
これは、市中心部は下水の浚渫装置が発達しているためだそうだ。
やや上流に存在する住宅地が冠水していても、そこよりも下流にあるための市中心部はごく一部の道路や排水口が溢れただけで、全体的には、被害は軽微と言えた。

これは間違いなくある種の不公平、不都合な真実だ。
ただ、すべての住宅地について完全に浸水が起こらないようにする防御は、コストパフォーマンスを考えるとできない。

今ある市街地を、昔の城攻めのように考えると、市中心部は、ある種の本丸、辺縁の住宅地は「付け城」「出城」といわれる部分に相当する。そしてそれ以外の田園地帯(住宅はもちろん散在している)。

もし「なにか」が起こるとすると、防御態勢は、この順に手厚くなっているはず。
これはローマ時代から変わらない。

今回の水害であらわになったのは、そういうことだった。

* *

ただ、当地での最大の潜在リスクと思われている南海トラフ地震に対しては、今回被害の少ない臨海側の市の中心街は、おそらく最も大きい被害をこうむるだろう。
南海トラフ地震についてもそれなりの防御はされているが、本質的に津波被害については脆弱であるのは自明である。これについては「起こってみなければわからない」というところだと思うが、災害対策の予算は限られている。今回の豪雨災害をうけて水害対策を行うのか、いっそう気を引き締めて南海トラフ地震への対策の投資を行うのか、意見が分かれるところだろうと思う。どうするのかは、今後の政治決定にかかっている。

南海トラフ地震が起こり、津波が起こると、うちの病院は浸水することがわかっている*4。それもあって電源もサーバーも患者居住区は上階にあげているが、外来、CT、MRIは一階にある。多分そのときには泣きながら外来を片付け、CTもMRIも買い換えることになるだろう。気が重いな。

*1:更新が途絶えているのには理由があります。一つには忙しかったこと(月並!)、あとは個人のPCに向き合う時間が激減しましたね。まとまった文章ってやっぱりPCでないと書けない。

*2:車が吹っ飛んでいるとか、撮れ高のたかい動画がSNSに沢山アップされていた

*3:数年前全日病の学会座長をつとめたときに、災害時の備蓄食料用意していますか?という質問に対し、九州の病院は半数くらいは備蓄を用意していた。福山ではおそらく災害拠点病院だけだ

*4:それもあって周囲の道路からは50cmくらいかさを上げ、今回の豪雨も心穏やかに迎えることができた

時間の非離散化と正月の意味の変化。

気がつくと2018年じゃないですか。前回ブログ書いてから半年経ってるわけで。

あやー。

どうせ年に数回しか書きませんけど、今年もよろしくお願いします。

* *

 年末年始は、ささやかながら病院も通常の外来を休みますが、入院はあります。

幸い大学の先生方のアルバイトで日当直をまわしていますが、ワンポイントリリーフなので、入院中の方のフォローは手薄になりがちなので、その部分は毎日回診にいくわけで、年末年始は、逆に忙しいですね。ただ、日直・当直はないだけありがたい。

それにしても年々正月って非日常な感じがなくなってますね。

これは私の仕事柄かもしれませんけど、街も、コンビニは空いているし、同窓的な集まりのための飲食店にも事欠かない。お正月の「特別感」というのは年々希薄になっている。*1

* *

正月で一年がリセットされる。カウンターがリセットされて、次の一年が始まります。歯車じかけの暦が、桁が繰り上がるかのように、そろばんの桁の繰り上がりのように。

昔はそういう感覚がとりわけ強かったように思います。

時の流れは本来連続したものですが、正月というまぎれもない特異点があり、そこで別の一年が始まる。そういう意味で正月というものは非連続点、特異点という意味合いが強い。*2

* *

数には、1,2,3…と整数みたいに非連続な数(離散数)と、連続する数がある。

日本人は伝統的に上述のごとく時間を離散数的な感覚でとらえていたのではないかと思いますが、ここ最近は時間の粒度がきめ細やかになったのか、不連続な断絶がなくなり、時間を連続数的にとらえる傾向になっている。

連続した流れであれば、0.98も1も1.02にもあまり大きな意味はない。

そのため、正月の非日常性が薄れているように感じるのかもしれません。

* *

ちなみに元号もそうです。

改元されると時代が変わる。改元はいろんなことがリセットされる、特異点でした*3

なんかやたら世の中が荒廃している時には、ノートが汚れたから新しいノートに変えるかのように、元号は1,2年で打ち捨てられて新しい元号にあらたまり、新たな世の中が始まることになっていました。元号には、それくらいの意味があったわけです。

でもおそらく、正月の非連続性がだんだん時代にそぐわなくなるのと同様、改元の非連続性は現代では扱いにくくなっています。

おりしも、来年は改元が行われることが予定されています。でも昭和から平成の改元とは違って、今回の改元はそこまでの意味をもちえないのではないかと思います。

ちょっと前から和暦への依存性はどんどん軽くなっています*4改元を契機にその傾向は一層高まるように思います。もう少しあからさまに言ってしまえば、ビジネス上の年号表記はほぼほぼ西暦が主流となり、和暦は今の六曜、「大安」「仏滅」くらいの地位まで低下するのではないかと思います。

* *

私の領域について言えば、カルテの本文についても、既往歴などを記載する場合、●年に胆摘Opとか、そういうの書くわけです。

今うちの病院では和暦より西暦を推奨とはしてみましたが、年配のドクターはなかなか理解していただけないようで。

*1:例えば正月に海外で過ごすというのも、正月を「正月」としてではなく長期の休暇として消費するなら…という考えが許容されてから流行が始まっているわけです

*2:江戸時代なんかもっとあからさまでありまして、売掛の借金も正月を超えたら水に流さなきゃいけなかったらしいですね

*3:もっともわかりやすいのは改元に伴う恩赦ですよね

*4:最近のWebアプリとかで個人情報を入れる際、生年月日はほぼ間違いなく西暦入力ですが、公文書の多くは未だに和暦です

遠隔事始 その4

遠隔診療についてつらつらと書いてきた。

遠隔事始 1 当院での導入のきっかけ

遠隔事始 2 診療所と病院、どちらがいい?

遠隔事始 3 遠隔診療が導入された場合の影響:移動診療室および遠隔専門医師の存在?

ちなみに、保険診療の遠隔診療については、いわゆる特定疾患加算とかそういうのはとれない。

ではメリットがないのではないか、と思うのだが、これを「選定療養費」という形でカバーするというビジネスモデルをとっている。

* *

「選定療養費」という言葉は非医療者にはなじみがないが、めちゃくちゃざっくりいってしまうと、自由診療保険診療とのグレーゾーンに対する緩和措置みたいなものである。医療においては自由診療保険診療の混在は認められていないのだが、そうはいっても人の世のことだし、ここはソ連でも東独でもないのだから、超富裕層も生活保護の方も、全く分け隔てなく同じだと、何かといろいろと具合が悪いわけである。例えば、入院の際に「個室」だと個室料金を取られるが、これは選定療養費の代表的なものだ。

 ここ最近では、大きな病院の外来を紹介状なしに受診すると、選定療養費と称して余分にお金を取られたりする事が多いが、これも「選定療養費」という形だ(これははっきり言ってしまうと受診抑制のためだ)。

遠隔診療は、アクセスを容易にし、完全予約制であるので「選定療養費」をとる、という理屈になる。その分、受診コストは上がると考えられる。

ちなみに診察料含め、支払いはクレジットカード登録をしておき、自動引落しになる。

医療機関にとっては、未収金の発生リスクがおさえられ、またクレジットカードを持てない層のアクセスを遮断する形のメリット(メリットと言っちゃっていいのかどうかわからないが、経営的なことを言うと「上客」が来やすい方が、そりゃいいわけです)がある。

逆にいうと遠隔診療は、すべての患者さんにアクセスしやすい環境ではない。最もターゲットになりうるのがホワイトカラー層、さらにその上のエグゼクティブ層だろうと思われる。

また、ワーキングプアの方々にとっても、平日の受診時間調達コストが高い場合(「休めない」という)は、これはあまりいい状況ではないが、コストベネフィットに見合うのかもしれない。

* *

遠隔診療が普及した場合に、診療を受ける患者側にはどのような変化が訪れるだろうか。

* *

個人的に思っているのは、採血の間隔に対して、自覚的になる可能性が高い、ということだろうか。定期通院している患者さんの場合、採血するかどうかは、実は結構あいまいな根拠で決められている。「今日は採血しておきましょうか」「今日は前回もよかったしやめときましょうか」みたいな感じだが、採血間隔については、ガイドラインなどでも慎重に言及が避けられていて、医師の裁量に委ねられている。

現実的に、がっちり毎月採血をされる先生もいるし、驚くほど採血をしない先生もいる。

私は、高血圧や脂質異常の一次予防であれば、年に3-4回の採血でいいのではないかと思うが、この辺のところ、患者さんも、医者に言われるままになんとなく採血したりしなかったりすることがほとんどではないかと思う。

遠隔診療であれば、採血をするかどうかで、患者側の行動が全く変わってくる。遠隔だと在宅で終わるものが、採血があるなら病院にいかなければいけない。つまり採血のハードルが上がる。であるから、医療者としても「なぜあなたに採血をこの間隔で採血をしなければいけないか」ということをきちんと説明しなければいけなくなってくるだろう。

院内で、採血の間隔に関するガイドラインをもうけたり、統一、標準化される流れに向かうだろう。

* *

もう一つは、説明に関するハードルも、多分上がる。

例えば、診察室での対面診療で、資料もない状況であれば、医者・患者間の関係性は、今でも医療側の方が優位にある。

遠隔診療だったら、相手はスマホの画面越しに見えている存在なわけで、権威としての後光は失われるであろうと予想される。本当のイルカには声援を送るが、Windowsのヘルプのイルカがどれだけぞんざいに扱われているか考えるとわかるはずだ。

それに、診察室だったら患者は手元に情報をもてない。でも遠隔診療だと、患者さんだってスマホでやりとりしながらデスクトップのPCで当該領域のガイドラインを読むことだって可能だ。「先生のその決定、ガイドラインと違うじゃないですか」とか言われてしまうことは、多分ありうる。

* *

 上記2つは、いずれも、現在の医療に横溢している、情報の非対称による医療側の優位性を減弱する効果がある。

 それがどれくらいのインパクトがあるかわからないが、普及次第によっては受診行動のスタンダードがかわる可能性があるよなあと思っている。ろくに説明もせずパターナリズムで外来をやっている先生、なんとなく毎月採血してがっつりもうけている診療所に対する淘汰圧が強まるのではないかと思っている。

 だからこそ遠隔診療に対する政策がどのような政治決着をみるのかには多少興味があるのだ。