半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

「勝ち」は難しい。

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2022, 兵庫

コロナ・コロナ・コロナ…(Covid-19, SARS-CoV-2)
第六波は一応ピークアウトしているらしい。
が、実は僕のいる街では、感染者数の最大値を更新し続けている。
地方都市だからだろうか?
目立った歓楽街はないこの街では、会食シーンを震源地とする流行より、学校や介護施設の流行の影響が大きいということなのだろうか。
第六波はそんな感じでこの街を苦しめている。

戦争

ロシアがウクライナに侵攻し1ヶ月が経つ。
ロシアが電撃戦キエフウクライナを掌握するのかと思いきや、そうはいかず。ロシアはじっくりとウクライナの戦略要衝に侵攻している。

電撃戦であれば、市民へ被害は最小限で済むだろうしウクライナ国土への被害も少なく済んだはずだが、じっくりと持久戦となると、双方の被害が甚大なものとなり、両国民間の溝も深まる気がする。

こんな「古典的」な戦争が21世紀にヨーロッパ(正確に言えばユーラシア、だろうが)で行われるとは思わなかった。

我々は、やっぱり、平和ボケしていだんだろう。
戦後の「平和教育」って、例えばさ、昔話の凄惨なシーンとかを弱めて結末書き換えちゃっているじゃないですか。
カチカチ山で泥舟に沈められたたぬきは降参したら助命されたし、なんなら旧作ではカチカチ山のおばあはたぬきに殺されて「狸汁」に調理されて、おじいさんに供食されていた。
猿かに合戦も猿は石臼に踏み潰されるところを、謝って最後はみんなで仲良く柿を食べる。

そういう価値観。できるだけ流れる血は少ない方がいい、なんていう価値観。
御伽噺の残虐シーンすら受け付けないような価値観。

そういう価値観の僕らは、戦争なんてものがあると絶句するしかない。あっても都合のいいキレイな戦争であってほしいと思ったりする。
電撃戦で、市民には手を出さす重要な拠点だけを無血開城させる、なんてシナリオを考えていた。そうあって欲しい、と思っていたのだ。
だから、橋下氏も「降伏した方がいい」なんて言説を唱えて、なんとも思わなかったわけだ。

現実はもっとシビア。
ロシアも電撃戦が不可能であれば、じっくり攻めて民間施設も攻撃しまくり。
そして攻め込まれるウクライナ国民も我々とは違い全く平和ボケしておらず、攻めてくるロシアをきっちり泥沼に引き摺り込んで国土を侵した代償を償わせている。
これさえも我々の心性とは著しく違う。

ああこれこそが人の世だ、と、呑気なことを言うてる我々は、世間知らずの平安貴族のようなものだ。末法の世は続いている。

フリードマン『100年予測』

このロシア情勢なんとなく既視感があったので、昔読んだフリードマンの『100年予測』を読み返すと、2020年あたりにロシアがヨーロッパとの緊張関係を高めることがきっちり書いてあった。
これは2009年に刊行されたアメリカ視点で、地政学的な分析から今後100年の世界情勢を予測した本。

ただし予言の細部はかなり異なる。
そもそもこの本には2010年代には「中国の中央政権の弱体化」が起こると明記されていた。
まあその結論に至るまでの論理過程はきちんとしているが、結果はそうではなかった。そう考えると習近平は、相当うまくやっているということになるのだろう。
2020年代のロシアについては、ロシアを取り巻く環境と、ヨーロッパとの関係性を踏まえると、ロシアはヨーロッパとの間に緩衝国がないことに焦りと苛立ちを隠せず、必ず行動にでてくる、という書き方をしていた。
ロシアにはロシアなりの闘う理由がある。
これは、太平洋戦争の際の大日本帝国の思考過程に、非常によくにている。
(というか、アメリカの行動様式が常に同じなので、敵対国はどうしてもそうなる)

本で描かれているシナリオではロシアは「東欧を壁として西側諸国と冷戦のような状態になるが、結局のところ自壊するだろう」とさらりとまとめられていた。
そういう意味では現実のロシアはかなり分が悪い。そもそもウクライナはもともとロシアの勢力圏。ウクライナ国境とモスクワはかなり近く文化的にも親和性が高い。そこに地上軍をもって制圧しないと解決しないのは、予想されたシナリオよりロシアが苦戦しているということになるのだろう。
だから、こんなに侵攻さえもうまくいっていない状況もある種当たり前なのかもしれない。

勝ちの記憶

それにしても今回のロシア軍のウクライナ侵攻については、勝つもんだという思い込みが強すぎるせいで、計画が綿密でなかったように見える。
大祖国戦争で勝利したエリアでもあり、勝利の記憶が濃厚なんだろうと思う。
考えてみれば、ソ連もロシアも、戦いに弱いというイメージはない。経済的に負けたけど、戦争自体では俺たちは強いんだ、というイメージはロシアにあって、今回のウクライナではその変な油断に足元をすくわれたような気がする。

大日本帝国も、日露戦争で大勝利した後、相手を侮るようになり、負けた。

勝つ、ということは、勿論実利を得るわけだけど、その反面、反省するという力を無くす。

月並だが「勝って兜の緒を締めよ」、ということなんだろうか。
その意味ではベトナムアフガニスタンでほどほど負けの記憶を持っているアメリカって、やっぱりしたたかな国なんだなあ、とか思ったりもする。

* * *

21世紀になって、世界はグローバル化し、国という国境を超えて我々はコスモポリタンとして生きる、と思っていたが、
全くそうではない状況に21世紀はなるのだろう。
今にして思えば、もっと海外旅行しておけばよかった。

戦争。そして福島。

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2022年 自宅

コロナ・コロナ・コロナ(Covid-19, SARS-CoV-2)…

や、第六波。
しんどいやん。
基幹病院の先生はずっとこういう戦いをしていると思うと、本当に頭あがるわ。
当院でも透析患者さん*1がポロポロとコロナ陽性になり入院治療をしている。

最初はおっかなびっくりだったが、慣れた。*2
そして、職員の子供がコロナ陽性 and/or 濃厚接触。休職いつまでかの判断、検査をするかどうか?
延々とその対策を繰り返している。この点に関しても第五波と第六波では数が全く違う。

まん防はあけた割には地域内の感染者は意外に減らない。
次どうなるんだろう…というのが今ひとつ見えてこないんだよなあ。

戦争が始まった

というているうちに、戦争が始まった。
国連常任理事国が明白に隣国の正規軍に全面攻勢をかけるなんてことは、久しくなかった。
この21世紀にそういうことが起こりうるんだ…というのはいささかショックである。
ドローンとかでうまいことやるんちゃうんかったんかい。

問題は解決の落とし所。
ウクライナは意外に*3善戦しており、ロシア軍はこの手の全面攻勢の勝利につきものの電撃的な機動作戦がとれていない。緒戦の出鼻をくじかれたが今更手をひくのもむずかしい。

ただ、我々はウクライナの心配をしている場合ではなく、極東のパワーバランスの変化を心配する必要がある。ロシアの東の端と接しているのだから。
現在ロシアの正規軍のうちの少なからぬ戦力があの局面に投射されている。その分極東はパワーバランスに空隙が生じている。おそらく各国の思惑はそれぞれで、さまざまな力動線を見ながら状況に適応する必要がある。

ロシアという国の動向、中国の動き、この先不確定要素な変数のため、我々の未来は今ひとつ予想ができない。

日本が専守防衛の国でよかった。
もしそうでなかったら、この現時点の戦局次第では、ロシアの勢力範囲(北方領土)への牽制を「しなきゃならない」ところだった。
うまくいけば北方領土奪還できるのかもしれないが、政治的には隣接国に緊張を招き、中長期的には損をしそうだ。

それにしても、疫病があり、そして戦争。きわめて20世紀的なことばかり起こる。

ちょっと前まで我々はSDGsであるとか、温暖化防止にむけて国を超えた協調をしてゆこうとか、ジェンダーによる差別のない世界、暴力のない世界、というのを目指していたはずなのに。
なんだかすべての努力が灰燼に帰してしまった気分だ。

東日本大震災

今日は3月11日。
特別な日だ。
未曾有の大災害がおこった日。
直接被災地にいた方も、そうでない方も、日本人ならなんらかの影響を受けたはずだ。
11年たって、振り返ってみると、みんなそれなりに自分達の置かれた状況に対して頑張ったなあと思う。

今日はそのことを振り返り、そして非業にも災害やその後の経済的な苦境に苦しみ、倒れた人の冥福を静かにいのらなきゃいけない。

 * * *

しかしさあ「あの時はひどかったなあ」と振り返る余裕は今の我々にはないよなあと思う。
だって今の方がよっぽどひどい。
コロナ禍の二年間もあるし、おまけに戦争さえも始まってしまった。

日本人の福島原発をを嘲笑うかのように、ロシア軍は原発を攻撃対象としたりてチェルノブイリ跡に駐留したり核のタブーがなく侵攻している。
プーチンも戦術核について、婉曲的な口調であるが、使用の可能性を示唆もしている。

日本人にとって「原発」や「核兵器」は神聖で侵しがたい特別な思いはあるが、諸国ではそこまでの絶対視はされてはいない。
それが日本にとっては古いトラウマ(ヒロシマ)や新しいトラウマ(フクシマ)をえぐる。

しみじみと福島の犠牲者を悼むふうに世情がなっていないのが、もどかしい。

それにしても、世界の進歩、21世紀の「当たり前」がこんな風にやすやすと失われてしまうとは思わなかった。
私10年パスポート8月で切れてしまうのだけれど、しばらく海外にもいけそうにないな。

*1:みんなきまって若い人

*2:えらく舐めた口きくじゃないかと思われるかもしれないが、当院は軽症のみに限っているから、それほど治療方針にバリエーションもないのだ

*3:といってはいけなくて、おそらく武器や弾薬のを西側諸国より援助されていたり、すべきことをしているからなのだろうが

訪問診療は発掘作業である

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2022, 広島県

コロナ・コロナ・コロナ……
第六波はなかなか厳しい。
ワクチンの普及で、重症化する高齢者は少ないが、とにかく母数が多いために、医療機関は苦闘している。
blog.tinect.jp
以前にコロナ禍を『ゴブリンスレイヤー』に例えておられた方がいらっしゃったが、今回の第六波こそ、コロナの未知の部分が減った分、様相はまさに「ゴブリンスレイヤー」的だと思う。

子供のいる世帯が、濃厚接触で足止めをくらう。
エッセンシャルワーカーが減員をくらい、医療機関も警察消防なども社会必須機能の領域は安全マージンを削って稼働している。

第5波までは、職員のコロナ陽性は、まあ珍しい現象だった。
しかし第6波はうちの職員でも陽性者・濃厚接触含めて十数人でている。
その意味で第六波は随分波の「質」が異なるように思う。
幸いクラスターこそ水際で防いでいるが、戦としてはなかなか厳しい。
ピークアウトも見えているが、援軍が到着するかどうか、総崩れするか……という悩ましい時間だ*1

訪問診療医も殺される時代

埼玉県ふじみ野市の住宅で27日午後9時過ぎ、男が、医師の鈴木純一さん(44)や理学療法士の男性ら7人に対し、散弾銃を発砲するなどし、そのまま、鈴木さんを人質にとって立てこもりました。
警察が突入したのは、立てこもりから約11時間後の28日午前8時ごろ。鈴木さんは、心肺停止の状態で発見され、その後、死亡が確認されました。また、理学療法士の男性は、胸を撃たれ重傷。警察によりますと、散弾銃は2丁あり、どちらも登録されていました。
殺人未遂の疑いで逮捕された渡邊宏容疑者(66)は、92歳の母親と2人で暮らしていました。母親は常に介護が必要な状態だったといいます。
近所の住民:「流動食だったんで、食事の時でも詰まらせたらいけないって、目が離せなかったとケアマネさん(が言っていた)」
渡邊容疑者は、26日に母親が亡くなり、27日に鈴木さんたちを呼び出したということです。動機については、黙秘しているといいます。
亡くなった鈴木さんは、24時間365日対応の在宅訪問診療所を経営していました。
(テレ朝ニュースより
母親の診療方針めぐりトラブル?訪問診療に奔走した医師が犠牲に…散弾銃立てこもり|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト

まずはじめに。医師として誠実であった*2鈴木先生に哀悼の意を捧げたいと思います。
お人柄がうかがえる立派な足跡なだけに、残念でなりません。

* * *

コロナとは別に全国の医師が戦慄する事件が起こった。*3
まさか…という気持ちもあるし、やっぱり…という気持ちもあり。

医師が殺されることは蓋然性の低い事象だとは思うが*4
訪問診療に限らず、まっとうな医療を行ったにも関わらず医師が恨みをかうことは日常茶飯事ではある。

長期間診ていると、様々な事象が出来し、最後には致命的な疾患にて落命する。
そのプロセスを丹念に「追及」すれば、全く瑕疵がないか、といわれると、はてわからない。
そもそも最終的に人は必ず死ぬのだ。

ただ、訪問診療では医学的にあまり大きな介入をしない。
裁量が少なければ介入の結果には差が生じにくいので医療過誤などは少ない領域だと思っていた。

しかし、死に対して責任をとらされるとは……
hanjukudoctor.hatenablog.com
(これ、15年前の記事ですが、団塊の世代前後の人たちは下り坂の現状に対して受容ができない、ということを書きました)

死に対する結果責任を、その医師生命や、個人の生命で贖え!と言われてもね。
医者としてはさすがに理不尽極まりない話だと思う。
中世の王族お抱え医師のような話だ。*5

僕にしても、死亡診断書500枚以上は医者人生の中で書いているはずだ。
そんな中では、すべての歯車が噛み合ってうまくいった診療ばかりではないのだ。
 僕なんか、とっくに殺されている。全く他人事ではない。

どの科の医師が「危険」なのか?

医者は、人の身体や生死に関わるわけで、本来危険なものかもしれない。
殺されるような極端な事態はともかく、殴られたり、はたまた訴訟されたり、恨まれたり悪く言われたり。

医者としてキャリアを全うするに際し「生存率」の高い科と低い科はあるとは思う。
どの科の医師が危険か?

周りの医師に訊いてみた中で、ダントツは「精神科医」だった。
確かにそうだ。

患者さんの病識のありなしや、物事の捉え方への認知のゆがみ方など、患者側に問題を抱える人が一定比率存在する。
そのため、誤解を受ける確率は比較的高い。

次点は、ハードさやら訴訟リスクとかも含め、救急医かな?と思った*6
今回の事件で、考え直してみると、訪問診療って意外に危険かもしれないと思う。

価値観の変遷に取り残された人たち

私は代替わりした医療経営者なのであるが、継承して苦労したのは組織風土を時代の変化に合わせること。
組織の中の習慣や考え方、それによって導かれる細則を昭和から平成・令和の価値観に適合する必要があった。
例えば、年功序列・終身雇用制度から、同一労働同一賃金への移行。
「皆勤」を奨励する風土から、有給休暇を取得することを奨励する風土への変更。
パワハラなどの各種ハラスメントに対する対応。

組織で泥臭く実務を行っている人はみなこうした価値観の変化に直面しているはずだ。
もちろん同じ組織の中でも濃淡はあるし、会社ごとに濃淡もある。
大企業はやはり、変化に対する改革は早い。
中央から地方へ、大企業から中小企業へ。
変化のタイムラグはもちろんあって、それが社会の新しい価値観の濃淡を生み出している。

うちは、大企業ほどはではないが、中小企業ではまあまあ進んでいる方*7
もちろん、職員によっては「ついていけない」と去るものも、残念ながらいる。
前時代の適応者ほど、変化することは自分の足跡を否定されたように感じるのだろう。
(数年で自組織を振り返ってみると、六−七年前の過去の議事録などは今の視点では完全ブラック!アウトやなと感じる事案も多い)

そんなわけで、うちの組織は職員に対して比較的「今の価値観」を提示できていると思う。
しかし、最大の悩みは、そういう「イマドキの価値観の職員」が接する高齢者の顧客は、その価値観から著しく逸脱していることだ。

クライアントは昭和の価値観。
いや、昭和のクソ価値観、と呼ぼう。
「男尊女卑・年功序列→年長者を敬え→俺たちは敬われる存在」という今の自分達にとって都合のいい価値観なので、やすやすと今の価値観には従わない。「改めたら負け」と思っているのかもしれない。

しかし高齢者の皆さんも、まがりなりにも今の世界に生きている。
 社会と交流している人たちは、昭和のクソ価値観を令和寄りにアップデートしている。
 そうでないと、生きていけないからね。

しかし、訪問診療。
特に今回のような 50-80問題が典型的だが、高齢者の親と社会性の乏しい単身の子供世帯、みたいな場合。
単身の子世代は社会との交流が乏しいことが多い。そのため昭和のクソ価値観をアップデートしていない人は一定数いる。
正倉院の宝物のように、その価値観を後生大事に抱えている。
訪問診療では、そういうビンテージものの昭和クソ価値観が、久しぶりに令和と対峙するわけである。

暴力(昭和はやはり今から考えると暴力は日常に横溢していた)。
男尊女卑(対人援助職は女性が多い)
年功序列(クライアントの方が「目上」ということになるね)
「お客様は神様です」のような顧客の絶対視(口答えするな!)

そういう邂逅が、どういう結果を及ぼすか。
こういう価値観が、令和の世の中で白日にさらされるわけで、一言で言えば文化衝突。
誤解や不幸な行き違いが頻発するわけである。

と考えると、やっぱり訪問診療って危ないなと思った。

特に、女性の訪問ね。*8

一生懸命自組織の前時代的な価値観をアップデートしたのに、前時代的な価値観でご高齢のクライアントから怒られると「あれ?僕らってほんとに正しいのかな?」と悩む日々である。

今後

マクロでみると訪問診療は高齢化がすすみ療養病棟が溢れていく将来を危惧され、解決策として選択された国策にそって事業拡大した背景がある。高齢者をどこに住んでもらうか、という命題に対して、ハコモノ療養病棟介護施設を作りすぎることが問題視された。

しかし、医者の効率性という観点からは、不効率であるのも確かだ。移動コストにより労働強度を上げられないからだ。
大規模施設ならともかく、戸別の訪問診療は効率が悪い。(アメリカではNPによる訪問などが主力で医師は戸別訪問はあまりしないらしい)
 おそらく2030年以降は医者がダブついてくるというのを睨んでこうなっているのだとは思う。

個人的には訪問診療に夢があるとは、あまり思わない。
訪問診療の中にはやはり「やってよかった」理想に近い訪問診療、お家で最期まで安楽にくらせる「いい訪問診療」があるのは確か。
だがさまざまな条件に合致せず、消去法で訪問診療にならざるを得ないケースには、やはり不幸な事例もかなりあると感じる。

ま、そんなのは、外来にしろ入院にしろどの領域だって同じ。
けど訪問診療は、相手のテリトリーに踏み込んでいくリスクが無視できない。

こういう事例が続き、しかし国策として在宅訪問系のサービスをやめるわけにはいかない、となれば、例えば訪問看護や訪問診療では、GoProとか緊急発信できるデバイスを必ずつけて、異常事態が起これば対応できるようにしておく、ようなシステムが必要になってくるのかもしれない。
というか、そうなるのかも。*9

*1:大阪はやばいかもわからんね

*2:エピソードを仄聞する限り僕にはそう思える

*3:いや、コロナはやはり何かしら影響しているのかもしれない。社会不安は騒擾を呼び、一部の人間の暴力的傾向を助長する

*4:これは某I田先生のTwitterに対する皮肉

*5:もしくは古代の呪術師や王族は「まつりごと」に不備があるとが弑殺された

*6:危険度はともかく変則勤務ゆえ、選手寿命はやや短い

*7:例えば直近の有給休暇年間取得率は75%だ

*8:ちょっとしたボディタッチとか、今ではセクハラに分類されるようなことは、やはり一定の確率で起こりうる。そりゃ引きこもっている男性であれば、数年ぶりに自分のテリトリー内に入ってくる異性なのだから、無人島で男女二人きり、みたいな気持ちになってしまう人はいる。相手の女性は、所定の勤務時間で応対しているだけなのに。

*9:プライバシーの保護とか、ケアの際に利用者の身体が電子媒体にのる可能性があることが問題にはなると思う

「正常化バイアス」にひきずられた第六波

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2022, 自宅

コロナ・コロナ・コロナ(Covid-19, SARS-CoV-2)……
第六波が来ている。割とひどいことになっている。

全国のコロナ患者感染者数は連日最高値を更新し、我が広島県も全国に先んじて感染爆発が起こった。
私の住んでいる街は、県内でもやや遅れがあったもののきっちり感染が市内を席巻しており、まん防の発令以前に、外出を自粛するに至った。
もう三週ほどステイホームが続いている。
おかげで、楽器を触る時間が増えてはいる。
ジャズってコミュニケーションなもんだから、コミュニケーションできない独奏って、煮詰まる。

第六波の予想

オリンピックが終わり、緊急事態宣言が終わり、日本では、とめていた人流をもとに戻したにも関わらず、感染者数はどんどん減少していた。
しかし海外では秋口に入ってからめっちゃくちゃ感染拡大、爆発が起こっていたのである。
しかし、日本国内では「対岸の火事」とでもいうべき状況で、全く平穏な日々が続いていたのは皆さんご存知の通り。

私も、経営者で数百人という職員を統括するという立場でありながら、この海外と日本とのギャップを、きちんと解釈しきれていなかった。
今そうであるように、いつかコロナは再上昇に転じるということを。

海外の状況がいずれ日本国内でも同様になる、ということは、ちょっと考えればわかる。
今までもそうだったわけだし。
それでも12月くらいの状況では、なんかこの平穏な日々がずーっと続くような気分にさせられていた。
多分、これって、「ずーっと続く」と思っていたというよりは「ずーっと続いてほしい」って思っていただけだよな、と思う。
いわゆる『正常化バイアス』というやつに引きずられていた。

正常性バイアス(せいじょうせいバイアス、英: Normalcy bias)とは、認知バイアスの一種。社会心理学災害心理学などで使用されている心理学用語で[1][信頼性要検証]、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするという認知の特性のこと。
(wikipedia)

さらにオミクロン株の流行は、今までの株にくらべて予想以上に早かった。
この正常化バイアスで我々の反応が遅れたことと、オミクロン株の早さが合わさって、奇襲というか「ビックリ!」効果であったように思う。
幸い県の対策委員会議などの発表を早期に見る機会はあったので、この正常化バイアスは、比較的早期に修正することはできた。
情報のアンテナは当然ながら張っているので、その辺で遅れをとることはないのだけれど、本当に賢い人は12月の時点で、現在の状況は十分予想することはできた、ということだ。あとになって振り返れば、これは自明だった。
備蓄物品の確保などで読み違えた面は否定できない(特にコロナの診断キットなどは、11月12月にガッツリ確保することができていれば、今こんなにやりくりに困ることはなかったのになあ……とは思う。)
もし自分にもう少し賢察が備わっていたら……と思う。

今後

さらにいうと、このオミクロン株は、世界的に見れば早期にピークアウトするのが特徴ではあるのだけれど、これも「早期にピークアウトしてほしい」という願望に引きずられている可能性も考慮しておかなければいけないとは思う。

今バッキバキに感染流行を起こしている国では、マスクとかもしていないし、流行が行き渡ったら終息にむかっているだけ、という状態であるならば、日本のようにディフェンスを固めて感染者数、感染率が増加しないような戦略をとる場合に、感染流行期間が短く終わる保証もないはずだ。絆創膏をベリッとはがすのか、ゆっくりゆっくりはがすのか、の違いのようなもので、痛みを避けてゆっくりゆっくりはがす場合、最終的に痛みの総量が増える可能性も否定はできない。
本当のところはどうかわからない。答え合わせは多分2〜3年後なんだと思う。

オミクロン株は軽症、というのも、これも完全に願望に過ぎない。ワクチン接種していない人の重症化率は、デルタよりは低いがやはりまあまあの率らしい。
やれやれ、「人は見たい現実しか見ようとしない」という言葉はジュリアスシーザーから2000年経っても有効らしい。

我々としては映画「Mist」のラストみたいにならないように絶望で愚かな行動をとらないようにするだけだと思う。

新年!

あ、今年初めてのエントリでした。
今年もよろしくおねがいします。

大晦日 新政権と分配の政治

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2021, 福岡

コロナ・コロナ・コロナ…
第五波はかなり厳しかったが、その分鎮静後は長かった。
しかしオミクロン株の流行。第六波どうなるんだろうな。
重症化率は必ずしも高くはないということだから、過剰に怯えるべきではないのかもしれないが、今までとウイルスの性格が異なっていることを加味して対策しなければいけない。日本って、そういう戦局の変化修正がわりと苦手だよね。

気がつくと大晦日

なんやかや色々大変だったので更新が滞っておりました。
来年もよろしくおねがいします。

岸田政権「分配」

初会合に臨んだ岸田文雄本部長(総裁)は「大きな時代の変革期に当たり、われわれ自民党が日本の未来を見据えて経済・社会体制の在りようについてしっかり考えていかなければならない。これが実行本部の存在意義だ」とあいさつ。「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした「新しい資本主義」の実現に向け、政府と党が一丸となって取り組んでいこう(後略)

格差拡大に対してなんらかのブレーキをかけたいというのは全世界的な解決課題である。
だから、岸田政権の言っていることは、わりといい線をついているのでは?と私は思った。

話題の根幹はピケティの話とか。穏健な政策としては、国際協調の徴税制度(全世界的にタックス・ヘイブンに対する対策などがとられたり、所得税累進課税化・法人税増税)が今後10年あまりでとられることが予想される。

ただ、日本国内の対策を先んじて行うことはなかなか難しいんじゃないか。

そういう分配の仕組みの再編は、経済強国が行えることだけれども、日本は、企業生産性や国際競争力が相対的に落ちている現状。
サッカーでいえばJ2落ちになりかかっている、という喫緊の事態をなんとかしなければいけない。
国際間の鍔迫りあいに勝たないと、国際政治では、他国は言うことなんて聞いてくれないよね。

せっかく中国が、戦狼外交の行き詰まりや経済成長に暗雲が立ち込めている好機なのに、ああいう発信で海外機関投資家に「ん?」と思わせるのは、ちょっと早計だったのではないかとは思った。

第二次安倍政権だって、まずは圧倒的な経済成長にて指示基盤を固めておいてから、自分のしたいこと(改憲)という順番だった。
そしてその改憲も、できなかった。

まずは自分の権力基盤を盤石化しないと、ああいうことは言っちゃいけない。
衆議院選挙の勝利で冷静さを失っていたのだろうか。
根本的な改革を行う状況ではないように思われる。

新人で初当選した議員が「日本を!変えます!」みたいなこと言っている上滑り感が、少し残念でした。

でも、もっと残念だったのは、そういった世界的な潮流を踏まえた岸田発言なのに日本の「一般庶民」「マスコミ」には全くピンときていなかったことだ。むしろ一世代前の「社会主義」的な文脈で受け取る人が多いように思う。
国際的な問題に対する関心の低さが、ここ30年間でかなり進行してしまったのかもしれない。

その意味では、昔は「政治は三流、経済や国民の資質一流」のように言っていたのが、もはや国民の教育レベルも一流ではない時代だと思う。
若い世代に期待したいところだが、本当のことをいえば、私の前後30代から50代がもっと変わったら、日本はもっと変わっていくのだろう(反語的表現)

衆議院選挙が終わった

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2021, 世羅のダリア

衆議院選挙が終わりました。

hanjukudoctor.hatenablog.com

これは自民党総裁選の前に書いたもの。
自民が勝つにしろ負けるにしろ、今よりは議席を落とし、求心力は落ちるだろう。
それは、コロナという即応を求められる災厄には向いてないよな、という話でした。

* * *

蓋を開けてみれば、自民党議席を落としたけれど、政権与党にとどまるという順当な結果。
確かに議席こそ落としたけれども、前回が安倍長期政権の盤石な体制ということを考えると、議席の減りは最小限だったし、減ってもなお安定した政権運営が可能であると思った。

今回はむしろ激戦区にて自民党が競り勝つ局面が目立った。事前の政権支持率を考えると、かなり敢闘している。十分危機感をもって選挙対策戦術を練り上げて選挙戦を戦った結果の勝利ではないかと思う。

ただ甘利氏が小選挙区で敗れるという大波乱があった。
これは事実はともかくストーリーとしては「党本部の選挙対策は拙劣で、応援のない中、地元勢は奮闘した」みたいな感じで甘利さんが去るという流れになりそうな気がする。*1
これは、甘利に気の毒ではあるが、勝利に預かれなかった人の恨みを甘利氏を戦犯にすることで免罪できる効果があり、自民党本部にとっては、避雷針的に大きな効果があったような気がする。党としても信賞必罰は引き締めにもなる。

一方野党側の劣勢がかなり気になった。
はっきり言えば、野党はきちんとやればもう少し勝てた局面のはずだった。野党共闘という良識ある人間が眉をひそめるような裏技を使ってまで*2立憲が議席を減らしているという現実は、かなり厳しいと認識した方がいい。共闘しなかった野党が議席を伸ばしている事実は、これがいかに不興をかったかを示している。

今回の選挙で失ったものが最も大きいのは立憲民主党だろう。枝野氏の今回の総括も、うなづけないところではあった。
この党は政権を交代する資格はないよなあと、改めて思った。きちんと現象を直面視できない人間は、権力を持つべきではない。

しかし、枝野氏以下立憲のシャドーキャビネットのお歴歴が仮に深く反省し、引退しようとしても、それを埋め合わす人材もいなさそうである。*3
劣勢な団体は、人材難なのである。
 仮に現首脳陣が能力を満たさなくても、それにかわる有為な人材はさらにいない。
 三国志の「蜀」のようなもので、姜維が力不足でも、姜維と心中するしかない。

結局、官僚の政策提言をうまくコントロールするような実務家って、官僚出身か企業家の、ごく限られた人材。日本に1000人いるかどうか。その1000人の取り合いでいうと圧倒的に自民党が優勢なのである。それを欠いた党はいくら理想が高邁だとして政権運営はできない。
ほら、やる気だけあっても、楽器演奏経験がなかったら、バンドできないじゃないですか。
一握りのアジテーター(ボーカルみたいなもんだ)を除けば、政治はやはり経験がものをいう世界だと思う。

今回の選挙では、日本のマスメディアの影響が減殺されたような印象があった。コロナ禍のために、中央と地方との分断があり、中央のマスメディアの報道の意向を忖度しなくなったのかなあ、なんて思ったけれど、真相はちょっとわからない。

* * *

今週末のコロナ感染者数は不気味に増えていて、さすがに緊急事態宣言から1ヶ月がすぎ、再上昇に転ずるのか…というところがやや気にはなる。

選挙戦で、すっかり人流は戻った気分になっているが「忘れた頃にコロナ」。
次のステージが始まっちゃうんだろうか。

*1:実態は甘利さんは全国の応援遊説にリソースを割きすぎて本丸がおろそかになったんだとは思うが

*2:権力中枢にさえいやしない段階で、主義主張の異なる人たちと妥協するような人たち、つまり手段と目的を履き違えているような人たちをどう信頼できるのか

*3:ここでいう能力というのは知力などだけではなくリーダーシップやマスコミへの曝露歴など総合的なもの

はてなブロガーに10の質問

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

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2021, 広島

秋だ。さみしい。

今年の秋はいろいろ(精神的に)しんどいなーと思う。
ので、わけもなく人の集まるところに顔をだしてみた。

そんな感じで、「はてなブログ」の10周年記念イベントにかる~く乗っかってみる。


ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

2000年からやっていた 半熟ドクター(Half-Boiled Doctor)というサイトから移転してきたもの。
研修医の時に始めたので、「半熟」な「ドクター」と思われがちですが、実はそうではなくて、
フィリップ・マーロウ松田優作のような「ハードボイルド」に憧れる軟弱青年。
ということで「ハーフ・ボイルド」と命名しました。
というわけで、47歳となり社会人としてはまずまずのポジションにおさまっている今でもハーフ・ボイルドな僕です。

はてなブログを始めたきっかけは?

ブログが出現する前、2000年からWebsiteを作りました。その頃はHTML手打ちで日記を書いていました。
はてなダイアリーができてからそこに移りましたが、そのあとはてなブログに移動しています。

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

hanjukudoctor.hatenablog.com
このひとつ前に消費税増税について書いた記事が、ブログはじめてから初めてバズったので、次を狙って頑張って書いた記事ですが、
盛大にダダ滑りしました。
長すぎた。
今思えば「目的と手段の取り違え」という言葉で済むことを長々と書いていた。

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

ないっす。
書かないのが半月くらい経過すると、強迫観念にかられて、書いています。

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

20-30くらいは下書き保存されてますかね。書評みたいなやつは特にそう。
ニュースとかは時期を逸すると捨てるしかない。

自分の記事を読み返すことはある?

あります。てにをはとか冗長な部分を削って読みやすくしたりしますね。

好きなはてなブロガーは?

やしお (id:Yashio)さん。
yashio.hatenablog.com
自分のブログは文字数が多すぎることでポピュラリティを獲得できないと思っているけど、やしおさんみていると、それだけが問題ではないのだなと思わされる。

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

もう10年、頑張ってください!

10年前は何してた?

これはちょっと言えないな笑。一番ライフステージ上は不安定だった時期です。
その一年後、今の家を建てて引っ越して、今に至ります。

この10年を一言でまとめると?

地元に回帰し、根を下ろした10年でしょうか。
一言でいうと、大人になった。
ただ、それは夢を諦めたりということではなく、
今のほうがいろんなことを自由にやっているのは不思議。
身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ ノモンハン