半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

「へパ医」の未来

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実は僕、橋の裏面の水面のゆれるところが大好きなんです。
川べりにずっと座っていたくなる。

肝臓学会に行ってきました。

以前にtwitterで自称脳外科の、匿名SNSならではの攻撃的な方に「ヘパ医」呼ばわりされたことがあります。
まあその先生は、外科至上主義の先生で、すべての医療従事者はもちろん他科の医師さえも、手術を行う医師に奉仕するために存在している、と思い込んでいる方で、僕が何を呟いても「へパ医が何いってんだ」みたいな妙なマウンティングをするので閉口しました。

「ヘパ医」という蔑称は、リアルな医療業界で聞いたことがなかったので、ある種新鮮ではありました。
そうかー。ヘパ医っていうのか…。悪口って奥が深いね。

ま、それはともかく、僕の目からみても「ヘパ医」こと「ヘパトロジスト」の未来はあまり明るくないとは思っています。
専門医更新のために必要な教育講演会を今回受けたんですけれども、5年後、再更新するかどうか、ちょっとどうかなーとさえ感じました。

「ヘパ医」とか言われつつも、存在しているなら、まだましやなと思う。
10年後、街場のヘパ医に仕事はあるだろうか?

* * *

30年前、肝臓内科はとても大事な科でした。それはB型肝炎C型肝炎の患者さんの数がとても多かったから。
それにともなって肝硬変・肝臓ガンの患者さんもとても多かった。
肝臓病は国民病だったんです。

そしてB型肝炎C型肝炎には当時、有効な治療法はあまりなかった。
強ミノという注射薬を使えば、肝臓の炎症はちょっと和らぎますーとかいって、それを延々と注射する、あとは安静にしていると肝血流が増える、っていうのが治療でした。
40-50年前はそういう患者さんが沢山いて、なんで入院しているんかわからん、みたいな人が2-3年入院している、なんてのが当たり前だった。
1992年、約30年前にインターフェロンってやつが、初めてC型肝炎を根治できる薬として登場しました。
ところが、とても副作用が強い注射薬の割に、ウイルス消失の有効率は10%から15%くらいとかなり低かったんです。
多くの患者さんが泣き泣き治療を受け、苦労の果てにウイルスが消えて喜ぶ人も、ウイルスは消えず悲しむ人もいた。治療が間に合わず、肝硬変になったり肝癌になり若くして無念の死を迎える人も沢山いたわけです。

6-7年前から状況ががらっとかわりました。2〜3ヶ月飲み薬を内服すれば、ほぼ100%ウイルスは消える薬がでてきました。
今では診断さえ、ひどく手遅れの状況でなければ、C型肝炎は完璧に治る時代です。
多くの人がC型肝炎の脅威から解放され、それにしたがってまず肝硬変が減り、じわりじわりと肝癌も減っています。

* * *

現在の肝臓内科の仕事を列挙しますと、こんなところではないかと思います。

  • B型C型肝炎の治療
  • 肝癌の治療
  • 肝硬変患者のマネジメント
  • 脂肪肝・アルコール性肝炎・肝硬変
  • その他の肝疾患の診断、AIH・PBCの診断と治療

こんなもんでしょうかね。

このうち、仕事の大半を占めていたウイルス性肝炎の治療は、若干の難しい症例を除けば、完全に開業医でもできるレベルの治療になっています。

肝臓癌については、今までは患者数も多く、どの基幹病院でも肝臓癌の治療をやるのが当たり前です。
しかし最近は肝疾患が終息しつつある地域ではじわりと数が減っているために、治療する施設は減り、集約化がすすんでいます。
おそらくこの傾向はさらに進み、全国20-30箇所くらいに高度集約されていくんじゃないかと僕は思っています。

高度集約された肝臓病センターの先生方の治療のクオリティは年々向上著しく、傍目に見ている限り、その差はどんどん開いています。
だから、そういうところへ紹介する方が、患者さんには誠実な行為だと思います。

上述した肝臓内科医の仕事を、肝臓内科医のいない世界で考えてみます。

  • B型・C型肝炎。今のお薬なら、プライマリケアに任せて問題ない。一握りの難症例に関しては大学病院レベルで対応。(不要)
  • 肝癌。10-20施設に限定して高度集約する。治療手技はそれでいいです。ソラフェニブなどの化学療法は、今は肝臓内科医がやってますが、肝臓内科がなければ、腫瘍内科がやってもいいとは思いますね。(高度集約施設以外は不要)
  • 肝硬変患者は、確かに肝臓内科医の腕のみせどころだとは思いますが、ひところに比べると随分減りましたし、治療もコモディティ化したので、プライマリ領域の新世代の家庭医なら対応できると思います(不要)
  • アルコールに関しては、色々な問題が山積みですね。精神科との併診も必要だし、アルコール問題飲酒患者そのものが医療受診率が10%程度と低いため、潜在患者はかなり多く、手付かずの分野です(不要…ではないが押し付け合い)
  • NASH/NALFDも、代謝内科、糖尿病専門医の治療に重なるので、それで構わない。プライマリで対応できます(不要)

あとは、原因不明の肝障害の診断という安楽椅子探偵のような仕事とAIH/PBCの加療。
原因不明肝障害などは、AIでなんとかなっちゃうように、実は僕は思っています。

* * *

こうして冷厳に未来を予想しちゃうと、肝臓内科医いらないんじゃね?とか思っちゃうわけです。
もちろん、いいことなんですよ。肝臓が病気にかからない時代になった、ということだから*1

ただ、肝臓患者の絶滅よりもへパ医こと肝臓内科医の絶滅の方が早いかもしれません。
消化器領域に進む医師は、ほとんどが内視鏡志向で、肝臓志望の人はとても少ない。上述した危惧を若い人たちはきちんとみていて、先細りする領域を選ぶ人間は少ない。若い肝臓内科医は、急速に減っています。

* * *
hanjukudoctor.hatenablog.com
以前、他のエントリで書きましたが、本来、体の中で肝臓って大事だけれど、大事ゆえに、めっちゃ丈夫な部分です。
車で言えばガソリンタンクみたいなもので、なかなか壊れないんです。本来。
壊れた時には、もう遅い。

街場の肝臓医は、以前なら街中にある「東芝のお店」「松下のお店」みたいな感じで肝臓をみていました。
しかし、現在肝臓疾患の治療は高度化したため、高度集約施設でないと太刀打ちできなくなった。
ドライバーで簡単に修理してた時代から、工場に送らないと直せなくなってしまい、「東芝のお店」などの意義がなくなった家電業界に似ています。
街場の肝臓医不要論とは、そういうことです。

* * *

大学病院とか高度集約肝臓センターの仕事はなくならないけど、街場の肝臓医の意義は減っている。
大事なのは、そうした肝臓医達(僕も含めて)も、学会費を納める「養分」としての役割はあるわけなんです。

肝臓学会の会員が減ると学会としての力は漸減していくし、学会として、その辺今後の方向性はどう考えているのかな…
ということは感じますね。



*その他のBlogの更新:

*1:正直に言っちゃうと、C型肝炎の流行には太平洋戦争が大きく関与していて(輸血・ヒロポン回し打ち)、ある種の戦後の負債だととらえることができます

*2:正確に言うと、足だして