半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

インフル狂想曲

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インフルエンザ、流行っていますね……

 私年末に医師会の夜間診療所の当番をやったんですけど、有熱患者のうち半分がインフルエンザキットが陽性となっていました*1
 患者さんの数自体はそれほど多くはなかったんですが*2、年末年始の民族大移動で、こりゃあ流行るだろうな……と危惧していました。
 案の定、年明けからここ1、2週は地域でも来る発熱、来る発熱、インフル。外来大混雑。
 まあ、個人的にはノロウイルスの方が苦手なので、インフルならよしとしましょう。
 別に「病院来なかったらいいんじゃね?」とかそういう野暮なことはいわん。

* * *

 ところで、今年は新薬「ゾフルーザ」がメディアを賑わせていました。
 一回投与で治りが早い、というのが謳い文句ではあります。
 ただ、専門家と一般*3の間には、この薬については大きな温度差がありました。アミノ酸変異が高率に起こる(すなわち耐性化ですね)ため、感染症専門医は導入に懐疑的で、感染症学会・小児科学会はガイドライン上推奨はしないという流れで、シーズンを迎えたわけです。また亀田総合病院という「りっぱな」病院も、ゾフルーザ導入しないと表明されていました。

 当院では、そういう事例を受けて、ゾフルーザを導入するつもりではありませんでした。
 だが、誰かが電子カルテにマスタ登録したために、いつのまにか出せるようになっていました*4
ちっ。

* * *

 大学院のときB型肝炎ウイルスのゲノム研究をしていた関係で、従来の抗インフルエンザ(ノイラミニダーゼ阻害薬)とゾフルーザの作用機序の違いくらいは説明できます。

 簡単にいうと、ウイルスっつーのは猛烈に増殖を繰り返すことで生存できるわけなんですけれども、遺伝情報(インフルエンザでいえばRNA)の複製にはポリメラーゼというウイルスの蛋白が関与してます。ゾフルーザはポリメラーゼ阻害薬の一つで、ウイルス遺伝子の増殖を止める。
 ウイルスの増殖サイクルに直接作用するので、確かに効きも早いといわれると納得。

 これだけ聞くと、いいことずくめやん?とも思えます。
 が、問題やっぱあると思うわ。

 感染症専門家が新薬に慎重なのは、これはお家芸みたいなものではあるんですが、過去さまざまな抗生剤新薬の濫用で痛い目にあってきているという経験もある。何も考えていない一般開業医が、どんどん外来できっつい抗生剤使っちゃう、みたいなことは、過去の歴史でもあったし。
 その意味でも、濫用にブレーキをかけるのもわかる。
 でも、作用機序的に、この薬やばいんちゃうかなーと、この僕ですら感じます。

でも、感染症・ウイルス学のスペシャリストではないので、そこんところは割引いて読んでくださいね。

* * *

ポリメラーゼっていうのは、ウイルスにとっては死命を決する、めっちゃ大事なタンパクなわけです。
それを阻害する薬は、確かに効くでしょう。
ですが、ウイルスも必死で抵抗します。
そんなん。
ほら、僕らも、頭叩かれるくらいやったらまあいいですけど、キンタマつぶしに来られたら必死に反撃しますやんか。
ウイルスは数で勝負。とにかく膨大な個数がある。そしてRNAウイルスですから、変異の頻度もすごい。
その掛け算で、どうやっても生き残るやつ=耐性ウイルスがでてくる。

B型肝炎ウイルスの薬も同じようなポリメラーゼ阻害作用なんですが、一番最初に出たラミブジンという薬は耐性が起こりやすく、その後治療に難渋しました。
それでもB型肝炎ウイルスは、血液を通してしか感染しませんから、耐性ウイルスで困っても、その耐性ウイルスが、他の患者さんには原則感染しません*5
ウイルスはその患者さんの体から、出てゆくことはなかなかできない。
その患者さんが亡くなれば、耐性ウイルスは地域に広がることは、ないわけです。
そこでリセットされちゃう。

でもインフルエンザは飛沫感染で、めっちゃ他の人にうつります。
要するに耐性ウイルスは、その個体からよそに逃げることができる。
それなら、さらなる耐性化の連鎖が起こりやすい。
だから、耐性化の獲得は、ずっと早いんじゃないかと思います。

もちろん、必須の蛋白が変異してしまった株は、増殖力が弱く、野生株を制圧する感染力にはならないのかもしれない。
でも、変異のさらに変異、みたいなのが起こって、増殖力はもとのままで薬が効かないものが出たら、アウト。
もしかして、従来のウイルスよりも厄介な能力を有するやつなんかでてきたら、もっとアウト。

* * *

インフルエンザって、確かに風邪としては重い症状だし、高齢者だと死ぬ方もいます。
でも、現行の治療体制で、別に困っていない。
死ぬ人がいるので、確かに困るんですけど、ゾフルーザによって、高齢者の死亡が抑えられるか、というとそういうわけでもない。
多分インフルを薬剤で抑えても、普通の風邪でも亡くなります。弱い高齢者の方は。
これくらいは、社会が許容しなければいけない犠牲だと思ってます。

でも、ゾフルーザで、ひょっとしたら、なんかようわからんパンドラの箱をあけてしまいはしないか…*6
という危惧はある。
これは別のウイルス変異ではありますが、新型インフルエンザ、鳥インフルエンザなど、ウイルスの変異でえらいことになる可能性は今後もある。
ゾフルーザは、ウイルスに修正圧力をかける。
ひょっとしたら、そういう変な変異を招く可能性は……
とか考えちゃいます。

* * *

皮肉なことに、そういう意味では、ゾフルーザ、出すなら今のうちなのかもしれません。
今年のウイルスには効くわ。
でも、その診療行動が、来年以降の耐性ウイルス化に、ひょっとしたら手を貸すのかもしれない。

*1:当然全部Aです

*2:多かったらマジ死ぬ。夜間診療。

*3:一般というのは、非医療関係者、というのと、非感染症専門医、両方です。

*4:院内採用については、院内の薬事委員会を通すことが必要なんですけど、院外処方については、マスタ登録するだけなので、比較的簡単に登録をすることができるシステム運用なんです。これは、外来でよその処方を出すときに、いちいち薬事委員会を通していたら仕事にならんという事情があったため。

*5:もちろん、B型肝炎の感染様式に従い、耐性ウイルスを持っている人が性交渉で他の人にB型肝炎をうつしてしまう、ということはありえます。その場合初手から薬が効かないのでかなり困った事態に陥ります。大学に居たときにみたことがありますね

*6:「耐性ウイルスが検出された」という報道もなされましたが、治験の段階で、耐性ウイルスが一時的に内服患者の鼻汁に出現するという報告は、当初からでていました。