半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

インフル狂想曲 その2

前回のエントリーでは、インフルエンザのこと、といってもゾフルーザについて書きました。
hanjukudoctor.hatenablog.com

結局ゾフルーザは僕まだ使ってません。患者さんに「あの新しい薬ないの?」とはいわれましたけど、
「あー、あの新薬、テレビではいいことばっかり言うてますけど、あんまりよくないって話ですよー」と言えば、
そうなん?とそれ以上はゴリ押しでねだる人はいなかった。
そんなこんなしているうちに耐性化のニュースとか出たので、今年はこのまま使わないような気がする。

* * *
基本的には感染症専門医には従う、素直で可愛らしさをウリにしている私ですが、
それにしても、感染症専門医の最右翼は「市中の患者に抗インフルエンザ薬なんて無用!家で寝ていたらええんや!」という意見。
さすがにこれは与することはできない。
市中の弱小内科医なんて、客商売なので、基本的にはクライアントの要望にこたえないと商売あがったりです。

もちろん、不適切な患者のニーズ、例えば、風邪に抗生剤とか、治る注射してくれとかそういう譲れない一線はありますよ。
でも、抗インフルエンザ薬を出す、インフルエンザキットを使う、は、
まあそりゃ若年の方の場合はおとなしく家で寝てりゃ治る…と思いますけど、
治療そのものが不適切、とまでは思えないですね。

感染症専門医の多くは基幹病院の中にいらっしゃる。
そりゃ確かに感染症専門医は、生きるか死ぬかの人相手にしてますから、そういう人からみれば、外来のインフルなんて「死ななきゃOKでしょ」という感覚でもおかしくないのかもしれないけどさ。
でも、不適切な情報に踊らされる患者の大群に対峙するわけじゃない。
キレイな戦略は「薬よこせ」と殺気だった患者を前にしてまで、初志貫徹できるのか。


この辺は、大日本帝国陸軍の参謀と兵士の関係にも似ているものがある。
その点では開業医には感染症専門医に対するルサンチマンも幾分かあると思います。
かといって、開業医がゾフルーザを出しまくっているという現状も、やっぱどうかなあと思う。

落し所はないもんか、といつも思っています。

Spreader

今は流行期。
症状通りにキットで陽性、だといいが、キット陰性だと、偽陰性とみなして陽性とするか、陰性とするか、迷う、なんてのもよくある話。
ただ、その逆で、臨床的にインフルエンザを強くは疑わない(熱が高くない、感冒症状もそこまで強くない)人にも、インフルキットを使って、キット陽性なんて事例、時々お目にかかる。
まあこれって、臨床診断をおろそかにしているから、こんなブサイクなことになるんじゃ、みたいな話なんだが、
これ、昔はそのままスルーされていた不顕性感染が、たまたまひっかかった、というとなんだと思う。

こういう人って、元気でうろつきまわるから感染の密かな原因である可能性もあると思う*1
不顕性感染って、どれだけいるんでしょうね?
インフルのワクチンうっていて、抗体が十分にある無症状の僕らも、調べてインフルキット陽性だったらどうしよう、とか不安になってしまう。
ただ、街場の臨床家としてはこういう人、
・抗インフルエンザ薬を出すべきかどうか?
・いつまでSpreaderとしての感染能を持ちうるのか?通学・勤務禁止ってどこまですべきなのか?
というので、考え込んでしまう。

臨床的には抗インフルエンザ薬は有熱期間を短縮する、というエンドポイントしかない。
だからそもそも有熱期間がない方は、薬剤を処方する意義はない、と考えていいんちゃうんかな、と思う。
でも、作用機序から考えると、病原体を抑え、その結果感染を早期に終息させるわけだから、こういう人に抗インフルエンザ薬を使うのは、この人の転帰には関係ないものの、集団での感染流行に対して多少は抑制的には働くはずだ。
まあインフルエンザAの流行期に限っていえば「なしのつぶて」だろうなと思う。
コストパフォーマンスが悪すぎるから、まあ出しませんでしたけど。
SporadicなインフルBの場合は、Spreaderは治療したほうがいいのかもしれないな…とか考えたりします。
データないですけどね。

予防投与:

介護施設医療機関の管理者としては、昨今インフルエンザが施設内・院内流行すればその責任を厳しく問われる風潮になっている。記者会見とかしばしばあるじゃないですか。
なので、例えば同室の患者さん(もしくは利用者さん)にインフルエンザがでたりした場合は、抗インフルエンザ薬を予防投与で処方する、ということをやっている。この際に、担当していた職員もインフルエンザ患者に接触しているために、これも予防投与を行っているが、厳密にいうと、予防投与の対象ではない。

インフルエンザ予防投与の対象者は

  1. 高齢者(65歳以上)
  2. 慢性呼吸器疾患/心疾患患者
  3. 代謝性疾患
  4. 腎機能障害者

となっており、健常な一般職員に対して予防投与を行う事は厳密にいうと要件を満たさない。
だが、もしそういった予防措置をせず、結果院内でインフルエンザがどんどん広がる、という事態は、なんとしても防いでおきたい。

ということで、インフルエンザが出た場合に、職員には予防投与をしている。
もちろん病院もちです。
あ、もちろん職員も極力ワクチンは打っていますよ。
その上で、の話です。
これも、厳密にいうと正しいとは言えないので、モヤモヤしています。

もいっちょゾフルーザの話

ゾフルーザあきまへんで、という話を前回書いたのだが、少し考え直して、単独使用だからいかんのではないかと思いました。
変異(耐性)の起きやすい薬剤を使う際には、

  • 全体の耐性化を防ぐために、限られた局面にしか使わない(ファーストチョイスにしない)
  • 多剤同時使用にする

という戦略があります。これに従えば、ファーストチョイスにせず、使うときは既存のノイラミニダーゼ阻害薬とゾフルーザを併用すれば、
ウイルスが急速に消失し、耐性化ウイルスが他所に伝播しにくいのではないか?

極端な話、10割負担で10万円とかの値段にして、どうしても体弱い方とか(これは保険OKにして)、忙しいエグゼクティブ限定の薬(これは自費)にしたらどうだろう。処方の数自体が減れば、全世界的に流行するインフルエンザの中でのシェアが減り、耐性化圧力が限定的なものになるので、耐性株の検出は結果的に遅らせられるかもしれない。
今みたいに、ファーストチョイスで使う、というのは、薬を大事にしない愚策のような気がする。

ただ、まあ、そういう「不平等」さって、多分世の中に受容されにくい。無理でしょうね、そんな事。
ちなみに、僕は家で寝ている方を選びます。

それにしてもタミフルって使われて20年くらい経つのに、耐性獲得、意外なほど少ないんじゃないかと思う。
日本が8割くらいタミフル使っている、という話だけど、その他の国も本気で使いだしたら多分耐性化はもっと早まっただろうし。
結局世界の中での日本の人口比率って、大したことないってことなのかな。

*1:ある研究では、症状の強さとウイルスの濃度が比例するという報告もあるから、そこまでは感染力は強くないのかもしれないけど