半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

免疫「力」の話

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(2007年に旧サイト『半熟ドクター』に書いたものを少しリライトしました)

 2018年は本庶先生がPD−1でノーベル賞を受賞され、癌免疫療法の認知度が一気に高まった感あります。非常に喜ばしいことではある反面、高額な民間代替療法としての「癌免疫療法」に患者をミスリードしないかという懸念もあります。
 新しい免疫療法もとんでもなく高額ですが、まあまあ由緒正しい詐欺である「癌免疫療法」*1も、まあまあな金額を患者からむしり取るわけで、そこも鑑別が難しいところでもあります。

 免疫については、それが詐欺かホンモノかは、私は次のスクリーニングを用いています。

「免疫力」という言葉を使っているかどうか。

です。

「免疫力」という言葉はカモ発見器であり、「免疫力」という言葉をみれば、我々は眉毛にツバを塗ればいい。

* * *

 免疫、というメカニズムは、非常に複雑な生体内のシステムとして間違いなくある。
 個々人によって免疫という防御力の強さ弱さという違いも当然あるでしょう。

 こうした学問的集積を受けて、例えば健康番組やサプリメントの宣伝などでは「免疫力」という言葉を使います。
 が、医者は声高には主張しませんが、現時点では、個々の免疫システムの強さ弱さを測る総合的な尺度は、ないんです。

 体内の免疫機構は非常に複雑な系です。
 液性因子(免疫グロブリンとか)や細胞因子(T/B cell,Dendritic cell, NKT cell, macrophageなどのさまざまな細胞)が複雑なネットワークを形成している。Toll-like receptorなどによるinnate immunityの研究お盛んですし、そもそも我々の皮膚や消化管上皮などの物理的な障壁*2、生体の防御システムの一つであり、これも広義の免疫システムに含みます。

 我々が観測出来るのは、この複雑なシステムの部分部分の要素だけです。
 確かに免疫学は近年発達いちじるしく、計測しうるパラメーターは沢山ありますが、総合的な「免疫のつよさ」というのは測れない。
 生体内での免疫の総合力は、定量化できない。

* * *

 例えばワールドカップのサッカーチーム。
 どの国がどれくらい強いという、強さの総合力は、数値で表すことは出来るでしょうか?

 ブラジルは多分日本よりも強いことはわかる。
 ですが、何倍強いとか、そういう定量的な評価は難しい。
 現時点で、スペインとドイツどちらが強いか、というのもわかりません。

 サッカーの場合、二つのチームを直接争わせれば、勝った方が強ことで優劣はつきます。
 だが、個人Aの免疫力と個人Bの免疫力を直接戦わせることはできません。
 比較したい二つのチームを直接戦わせることが出来ないのであれば、全く同じ対象に戦わせて比較するという手法も可能でしょうが「免疫力」に関しては同様のアプローチをとれません。
 例えば実際に病原菌(もしくは免疫系に反応するような物質)を体内に入れて、免疫系の反応を見る、という手法は、免疫に異常を来しているかもしれない人間に多大なリスクがあるので、ちょっと現実的に難しいでしょう。
 
 なら、試合をしない状態で選手を評価しないといけない。
 これはパドックで馬の状態を見て、馬の強さを推測するのと同じです。

* * *

 ま、確かに免疫関係のマーカーというのはあります。白血球分画、Ig分画、補体、各種炎症マーカー。

 これら保険適応のある臨床検査項目に加えて「免疫力」というものを多少なりとも評価する手段として、いわゆる「疑似健康科学」でよく使われるのが、ナチュラルキラー細胞の活性もある。

 ですが、これらで、現実の免疫「力」は判定できないと思う。
 これらの検査項目は、たとえば、選手の平均身長を調べるようなものです。高いチームは強いかもしれない。

 確かに極端な例、例えば平均身長が130cmのチームは、異常だわね。ミゼットサッカー?、もしくは小学生サッカーチームかもしれない。平均が180cmのチームに比べると、総合的な「サッカー力」は多分劣っていることは予想される。しかし、平均身長が175cmのチームと平均身長が180cmのチームを比べれば、180cmのチームが常に強い、とは言えない。

 もしくは、フォワード選手の50m走の速度。
 速いチームは強い可能性がありそうです。
 チームの強さを間接的に測る尺度として、例えば、選手の足が速いとか、身長が高いとか。キック力が優れているだとか可能なリフティング回数だとか。そういった一つ一つの要素は定量的に測ることはできましょうが、それらすべての要素を足しあわせても「チームとして」の強さ弱さを直接知ることはできない。

 「免疫力」の強さ弱さはチームとしての強さと同レベルの問題です。
 それは、最先端の免疫学でも完全にはわかっていない*3

 個々人の患者さんの免疫を調べる時に、要素還元的に一つ一つの検査項目から推測するしかない。
 これは選手のフィジカルだけでチームの優劣を決定しているようなものです。

 「免疫異常」の病気は、サッカーのたとえでいえば、選手の平均身長が130cmとか、選手が全員リフティングが全く出来ないとか、50m走が平均で20秒とか、明らかにサッカーが成立しないレベルの異常です。だから計測数値にも意味がある。
 でも、普通に生きている人の「免疫力」を調べることは、たいてい難しい。

* * *

 ではなぜ、ああいう「健康番組」では「免疫力」をことさら強調するのでしょうか?

 それは「免疫力」は数値化出来ないから。
 従って「免疫力があがる食品」とうたったとしても、実証するすべも反証するすべもないから。

 だからみんな「免疫力」を言いたがるわけ。
 証明出来ないんだから言いたい放題。
 嘘を言っているわけではない。

 それらの食品に「免疫力」が上がる効果がない、と言っているわけではありません。
 それも実証できない。
 しかし少なくとも「免疫力があがる」みたいな言い方で宣伝をしている、サプリメント、健康食品は、少なくとも根拠があってそういう言い方をしている訳ではないということは、みなさん知っておいていいでしょう。

その他のBlogの更新:

週末の出張の予定から、バンド練習など忙しいんですが、そろそろ中小病院のハイシーズンであることを忘れていました。
昼間はてんてこ舞いで走り回っています。
ジャズであれば、譜面を書かずにその場で合わせることも多いのです。
が、今回はかっちりしたバンド、3管のファンクバンドと、総勢22名出演するアニソンバンドのホーンセクション。
きっちりと譜面を作る必要があり、それに忙殺された2週間でした。
そのため、Blogはやや低調です。

*1:「詐欺」というと、幾分強い言い方ですが、情報の非対称性を悪用した商法、供給者側が効果を信じていない事実を考えれば「詐欺」という言葉がぴったりでしょう。まあ当人たちは否定するでしょうが。

*2:これは城壁のようなものです

*3:良い企業、悪い企業、というのと同じで、最後まで数値化できない領域かもしれない。