半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

グルメであることにいいことなんてなにもない〜病院食の立場から

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お盆がすぎて、急に涼しくなりました。

* * *
このまえ、衣・食・住のレベルが高い医者とそうではない医者がいる、ということを書きました。
hanjukudoctor.hatenablog.com

医者に限らず、衣食住のハードルが高い人、低い人いますね。
お金がなければハードルは下げざるを得ないわけですが、あってもハードルが高い人低い人はいます。

病院に勤務し、老衰や病死を多く診ている自分の視点では、衣食住のレベルが高すぎていいことなんか一つもないと思う。

基本的に、好き嫌いや、食の嗜好が偏っている人。
うまいまずいの好みにうるさい人。
こういう人は、可能な限り病院の入院は避けたいところだと思う。

* * *

病院食は、基本、まずい。
かかわってくれている調理師さんや管理栄養士さんには悪いけど、うまい、とは言えない。

貧乏舌で、なんでも食べ、ほとんどの飲食店でまずいという印象を抱かない僕でさえ、現在の病院の食事で、すごいうまいな、と思ったことはない。肉魚は控えめにいってもCrispではないし、ぼんやりした味付けで、Dipが浸み出しているような調理だし、時間も経っている。

これはうちの病院がとりわけ悪いのではなく*1、8割がたの病院がそんな感じだ。
治療食は、塩分が少ないので、エッジの効いた味付けにはなりにくいというのも一つの理由。

それ以外の理由は、主に二つある。

一つは業務委託の形態。
セントラルキッチンで作られたものをそれぞれの病院に配分しているパターンの病院は結構ある。
この場合、セントラルキッチンでの調理、そこから病院の調理場で適温調理してからも時間が経っている。
時間が経つと、やはり食事は作り置きっぽい味になってしまう。*2

もう一つは、単純にコストの問題だ。
食材費がかけられない。
2018年から一食460円となったが、以前は280円とかなり安かった。
280円となると食材原価としては100円代であり、どないしたってグルメには厳しい食事だ。

ちなみに現場感覚でいえば、2018年の値上げを境に食事が改善した印象はない。
病院食の委託業者は人手不足と食材費の高騰で赤字や廃業が相次いでいるのが現状である。
値上げに伴い質をあげる、という余裕はなく、これまで赤字カツカツでやっていたのが一息つけた…という雰囲気だった。
2018年の値上げで「これでやっと廃業せずにすむ…」みたいな業者も多かったのではないか。
当院でも、何度かネゴシエーションの果てに委託業者を変えたりもしているが、今現在、私が住んでいるエリアで、病院食委託業者の選択肢はかなり少ないのが実情だと思う。
(大都市圏などプレーヤーが多数いる圏域では、もう少し事情も違うのではないかと思うが)

* * *

ま、そんなこんなで、提供する側の病院経営者としては言い訳ばかりで申し訳ないのだが、
病院食は構造的にまずい。
これをもう少しよいものに改善してゆくことは医療側のつとめだとは思っている。
一部の病院は、飯がうまい。これも事実だ。*3

病を癒す場所での食事がまずい。
それは間違った世界だ。僕もそう思う。
でも、間違った世界は、すぐには直らない。変わる保証もない。
間違った世界に住んでいるぼくらは、今病気や怪我をすると、かつがれた病院の食事がまずい、ことは、確率的に大いにありうることなのである。

そんな時に、飯が喉をとおらなければ、大変につらい思いをする。
グルメでも、なんでも食べられる人ならいい。
だが、食のハードルが高い人は……
許容範囲が狭い人が入院していることは、本人にとっても医療側にとっても不幸だ。

* * *

離島に住んでいて、新鮮な魚を食べることが当たり前だった人が
「こんな魚が食えるか!」と吠えたときは、そりゃあ無理もないやな……とも思った。
ただ、そのクオリティに、病院食は持ってはいけないのだよ。

家ではいい食材でいいもの食べてた人が、病院で食べられなくて弱っていくのは他にも何例か経験がある。
これがご主人が入院したのだと、奥様が家で作った持ち込み食の黙認、とかでなんとかなるんだけど、
調理者本人が入院している場合は、不幸だ。

* * *

うまいものを食うことは人生の喜びではあるが、
まずいものを受け付けなくなると、後でえらい目に遭う。

これは何事についてもそうなのだが、食についてもカスタマイズしすぎていると、後で困るかもしれない。

人生、一度くらい貧乏旅行をして、まずい食いもんでも空腹を満たす、みたいな経験をした方がいいのかもしれない。

*1:残念ながらよくはないですが

*2:大規模フランチャイズでもセントラルキッチンによる食の分配は普通に行われているが、病院向けのフランチャイズはそのあたりの設備投資が甘い、という側面はあると思う。やはり顧客が自由に選べる外食産業に比べると、クオリティの淘汰圧は低い。

*3:差別化のため委託ではなく自前調理に回帰する医療機関もあるが、当院ではそれはだいぶ難しそうだ。スケールメリットも必要なので、小規模なところでは難しい。あとは、ハイエンドの食事だけ別系統・別料金で仕立てるという選択肢はあろうし、それは将来的にビジネスになりうると思う。ただし、皆保険のもと建前でも平等感がつよかった病院での療養環境にそういった差別化をとりいれる弊害は大きくなるかもしれない。