半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

塩の効用 その1:

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いま私の所属している医療法人の基幹業務は透析、つまり慢性腎不全の患者さんが多いわけです。腎不全は、当然塩分のとりすぎに気をつけなければいけません。
加えて私は肝臓も専門なんですが、末期の肝硬変で腹水がたまる方にはやはり塩分制限が必要になります。

高血圧にも、心不全にも、塩分制限はとても重要。*1

* * *

ただ、塩分制限に関しては、日本人はちょっといい状況にあるとはいいがたいんです。
日本の伝統食ってばくぜんと「健康である」「欧米のセレブにも絶賛されている」というイメージが独り歩きしてますよね。
でも、致命的な欠点がいくつかある。
最大の問題がその塩分なんです。

日本食は塩分が多い

日本人の塩分摂取量は現代でも一日平均12-13gと、世界各国の中でも多い方。
ちなみにWHOの摂取目標値は一日5gです。
入院している人に「病院食」として出しているものが6gくらい。
多くのご老人が「味せえへん!こんなまずいもん食えるかい!」と怒鳴りつけるレベルです。

参考までに、世界の中で塩分摂取量について(ネットで拾ってきた画像です)。
日本の立ち位置はこんな感じです。
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これは現代の水準で、これでもかなり改善された状態。

高度経済成長時代の長野や東北諸県での塩分摂取量は推定20g前後という記録もありました。
漬物や、味の濃い味噌汁が諸悪の根源だったわけです。
その頃は日本も脳卒中が大変多かった。減塩政策でだいぶましにはなったんです。


塩分摂取過剰が健康に悪いという話は現在では明らかです。

しかし、前近代の日本では、なぜそのような塩分を多量に摂る文化が培われ続けられたんでしょうか?
我々の文化は、伝統は、なぜ「体に悪い」食習慣を守り続けたんでしょうか。

* * *

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 (92))

(以下の知識の一部は「肉食の思想」を参考にしています。大学生の時に読みましたが、少しものの見方が変わるオススメ本です)

理由の一つは、おそらく気候。
日本は高温多湿ので、温帯というよりむしろ亜熱帯の気候です。
さらに、そこで、農作業をする。
上表の上位にある国はタイ・韓国なども含め、みな労働集約的な農業国なんです。
昔は日本も例外ではなかった。

高温多湿の亜熱帯気候では、もっとも暑い時期に雑草が繁茂する。
そのため日本の農業では丹精込めて草取りをする必要があります。
対してたとえば地中海では、夏は乾季で日本ほどは植物の成長はないため、日本ほどは暑い時期の農作業の必要が乏しい。
もう少し高緯度の麦作だってそうです。
牧畜業の人たちも草取りなどはしません。
そもそも日本の雑草が牧草です。動物達にとって理想的な餌が、勝手に生えるわけです。
ヨーロッパでは農業はどちらかというと「怠けていてもできる職業」「勝手に育つものを収穫する」
職業だそうです。

対して、日本含むアジア諸国では、高温多湿のもっとも暑い時期に、肉体労働は避けられない。
発汗による塩類喪失。
下手したら死んじゃいます。
それを補うため塩分を多く摂取する習慣が培われたのは想像にかたくない。
もちろん、塩蔵による食物の保存方法、海が近く塩分の入手が容易であることも理由でしょう。
同じく暑い地域であるケニアのマサイ族の塩分摂取量は3g程度らしいですし。

* * *

ちなみに日本食には特徴はもう一つあります。
それはエネルギーベースでみると炭水化物の比率が異常に高いこと。
これは牧畜に向かない地形気候のためです。
キリストの宣教師は日本に滞在する時には肉がなくて閉口したという文献もあります。

基本的に日本食というのはエネルギーベースでいうと「貧乏食」らしい。*2

炭水化物の比率が極端に高い状態で、飽きずに食事をこなすためにどうするか。
そのためには多分味付けが必要になってくる。
塩分は単調なでんぷん質を押し込み、カロリーを補給するために味付けとして重要な役割を果たしたと思われます。

ある種、塩は文明そのものです。

マサイ族には高い文明はなく、食文化の欠如ゆえ塩の摂取の必要はありませんでした。
ただ、単位面積あたりに養う人口も少ない。狩猟・採集文化によって様々な食物を食べていた彼らは、自然のものだけでも
相当なバリエーションの食物を食べ、味付けなどを必要としませんでした。
土地のエネルギー収量限界まで耕作をし、単調な食材に変化をつけるため、味を追求する必要もなかったともいえます。

日本食では「ご飯」が主食。
「おかず」はご飯を食べるためにある。
この「ごはん」「おかず」概念のため、塩分摂取が構造的に多くなっています。

最近は糖質制限ダイエットがはやっていますけど、あれを実践し「ご飯ぬき」にしますね。
おかずだけを食べると、やたら塩辛くないですか?
逆に「ごはん」という存在が、いかに塩分を必要としているか、ということでもあります。

つづく。

その他のBlogの更新:

私は現在自分で主催するバンドはすべて休止しているのですが、11月は3つイベントが重なってしまって、ややてんてこまい。
特に一つはホーンセクションのアレンジとかもあるので、時間をくうんだなあ(私はNotionというソフトを使ってます。iPadで、
出張の出先などでも譜面が組めるのが便利ですね)。

しかし、たまにやるポップスは楽しいですね、やっぱり。

*1:そういやピロリ菌による胃がん発がんがはっきりデータで出る前には、胃がんは高塩分食が引き起こすなんてのもありました。あれは結局交絡因子だったのではないかと思いますが、実際のところどうなんでしょうね。

*2:蛋白不足は大豆および漁業で補っていた