
コロナ・コロナ・コロナ……
第六波はなかなか厳しい。
ワクチンの普及で、重症化する高齢者は少ないが、とにかく母数が多いために、医療機関は苦闘している。
blog.tinect.jp
以前にコロナ禍を『ゴブリンスレイヤー』に例えておられた方がいらっしゃったが、今回の第六波こそ、コロナの未知の部分が減った分、様相はまさに「ゴブリンスレイヤー」的だと思う。
子供のいる世帯が、濃厚接触で足止めをくらう。
エッセンシャルワーカーが減員をくらい、医療機関も警察消防なども社会必須機能の領域は安全マージンを削って稼働している。
第5波までは、職員のコロナ陽性は、まあ珍しい現象だった。
しかし第6波はうちの職員でも陽性者・濃厚接触含めて十数人でている。
その意味で第六波は随分波の「質」が異なるように思う。
幸いクラスターこそ水際で防いでいるが、戦としてはなかなか厳しい。
ピークアウトも見えているが、援軍が到着するかどうか、総崩れするか……という悩ましい時間だ*1。
訪問診療医も殺される時代
埼玉県ふじみ野市の住宅で27日午後9時過ぎ、男が、医師の鈴木純一さん(44)や理学療法士の男性ら7人に対し、散弾銃を発砲するなどし、そのまま、鈴木さんを人質にとって立てこもりました。
警察が突入したのは、立てこもりから約11時間後の28日午前8時ごろ。鈴木さんは、心肺停止の状態で発見され、その後、死亡が確認されました。また、理学療法士の男性は、胸を撃たれ重傷。警察によりますと、散弾銃は2丁あり、どちらも登録されていました。
殺人未遂の疑いで逮捕された渡邊宏容疑者(66)は、92歳の母親と2人で暮らしていました。母親は常に介護が必要な状態だったといいます。
近所の住民:「流動食だったんで、食事の時でも詰まらせたらいけないって、目が離せなかったとケアマネさん(が言っていた)」
渡邊容疑者は、26日に母親が亡くなり、27日に鈴木さんたちを呼び出したということです。動機については、黙秘しているといいます。
亡くなった鈴木さんは、24時間365日対応の在宅訪問診療所を経営していました。
(テレ朝ニュースより
母親の診療方針めぐりトラブル?訪問診療に奔走した医師が犠牲に…散弾銃立てこもり|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト
まずはじめに。医師として誠実であった*2鈴木先生に哀悼の意を捧げたいと思います。
お人柄がうかがえる立派な足跡なだけに、残念でなりません。
* * *
コロナとは別に全国の医師が戦慄する事件が起こった。*3
まさか…という気持ちもあるし、やっぱり…という気持ちもあり。
医師が殺されることは蓋然性の低い事象だとは思うが*4、
訪問診療に限らず、まっとうな医療を行ったにも関わらず医師が恨みをかうことは日常茶飯事ではある。
長期間診ていると、様々な事象が出来し、最後には致命的な疾患にて落命する。
そのプロセスを丹念に「追及」すれば、全く瑕疵がないか、といわれると、はてわからない。
そもそも最終的に人は必ず死ぬのだ。
ただ、訪問診療では医学的にあまり大きな介入をしない。
裁量が少なければ介入の結果には差が生じにくいので医療過誤などは少ない領域だと思っていた。
しかし、死に対して責任をとらされるとは……
hanjukudoctor.hatenablog.com
(これ、15年前の記事ですが、団塊の世代前後の人たちは下り坂の現状に対して受容ができない、ということを書きました)
死に対する結果責任を、その医師生命や、個人の生命で贖え!と言われてもね。
医者としてはさすがに理不尽極まりない話だと思う。
中世の王族お抱え医師のような話だ。*5
僕にしても、死亡診断書500枚以上は医者人生の中で書いているはずだ。
そんな中では、すべての歯車が噛み合ってうまくいった診療ばかりではないのだ。
僕なんか、とっくに殺されている。全く他人事ではない。
どの科の医師が「危険」なのか?
医者は、人の身体や生死に関わるわけで、本来危険なものかもしれない。
殺されるような極端な事態はともかく、殴られたり、はたまた訴訟されたり、恨まれたり悪く言われたり。
医者としてキャリアを全うするに際し「生存率」の高い科と低い科はあるとは思う。
どの科の医師が危険か?
周りの医師に訊いてみた中で、ダントツは「精神科医」だった。
確かにそうだ。
患者さんの病識のありなしや、物事の捉え方への認知のゆがみ方など、患者側に問題を抱える人が一定比率存在する。
そのため、誤解を受ける確率は比較的高い。
次点は、ハードさやら訴訟リスクとかも含め、救急医かな?と思った*6
今回の事件で、考え直してみると、訪問診療って意外に危険かもしれないと思う。
価値観の変遷に取り残された人たち
私は代替わりした医療経営者なのであるが、継承して苦労したのは組織風土を時代の変化に合わせること。
組織の中の習慣や考え方、それによって導かれる細則を昭和から平成・令和の価値観に適合する必要があった。
例えば、年功序列・終身雇用制度から、同一労働同一賃金への移行。
「皆勤」を奨励する風土から、有給休暇を取得することを奨励する風土への変更。
パワハラなどの各種ハラスメントに対する対応。
組織で泥臭く実務を行っている人はみなこうした価値観の変化に直面しているはずだ。
もちろん同じ組織の中でも濃淡はあるし、会社ごとに濃淡もある。
大企業はやはり、変化に対する改革は早い。
中央から地方へ、大企業から中小企業へ。
変化のタイムラグはもちろんあって、それが社会の新しい価値観の濃淡を生み出している。
うちは、大企業ほどはではないが、中小企業ではまあまあ進んでいる方*7。
もちろん、職員によっては「ついていけない」と去るものも、残念ながらいる。
前時代の適応者ほど、変化することは自分の足跡を否定されたように感じるのだろう。
(数年で自組織を振り返ってみると、六−七年前の過去の議事録などは今の視点では完全ブラック!アウトやなと感じる事案も多い)
そんなわけで、うちの組織は職員に対して比較的「今の価値観」を提示できていると思う。
しかし、最大の悩みは、そういう「イマドキの価値観の職員」が接する高齢者の顧客は、その価値観から著しく逸脱していることだ。
クライアントは昭和の価値観。
いや、昭和のクソ価値観、と呼ぼう。
「男尊女卑・年功序列→年長者を敬え→俺たちは敬われる存在」という今の自分達にとって都合のいい価値観なので、やすやすと今の価値観には従わない。「改めたら負け」と思っているのかもしれない。
しかし高齢者の皆さんも、まがりなりにも今の世界に生きている。
社会と交流している人たちは、昭和のクソ価値観を令和寄りにアップデートしている。
そうでないと、生きていけないからね。
しかし、訪問診療。
特に今回のような 50-80問題が典型的だが、高齢者の親と社会性の乏しい単身の子供世帯、みたいな場合。
単身の子世代は社会との交流が乏しいことが多い。そのため昭和のクソ価値観をアップデートしていない人は一定数いる。
正倉院の宝物のように、その価値観を後生大事に抱えている。
訪問診療では、そういうビンテージものの昭和クソ価値観が、久しぶりに令和と対峙するわけである。
暴力(昭和はやはり今から考えると暴力は日常に横溢していた)。
男尊女卑(対人援助職は女性が多い)
年功序列(クライアントの方が「目上」ということになるね)
「お客様は神様です」のような顧客の絶対視(口答えするな!)
そういう邂逅が、どういう結果を及ぼすか。
こういう価値観が、令和の世の中で白日にさらされるわけで、一言で言えば文化衝突。
誤解や不幸な行き違いが頻発するわけである。
と考えると、やっぱり訪問診療って危ないなと思った。
特に、女性の訪問ね。*8
一生懸命自組織の前時代的な価値観をアップデートしたのに、前時代的な価値観でご高齢のクライアントから怒られると「あれ?僕らってほんとに正しいのかな?」と悩む日々である。
今後
マクロでみると訪問診療は高齢化がすすみ療養病棟が溢れていく将来を危惧され、解決策として選択された国策にそって事業拡大した背景がある。高齢者をどこに住んでもらうか、という命題に対して、ハコモノ=療養病棟や介護施設を作りすぎることが問題視された。
しかし、医者の効率性という観点からは、不効率であるのも確かだ。移動コストにより労働強度を上げられないからだ。
大規模施設ならともかく、戸別の訪問診療は効率が悪い。(アメリカではNPによる訪問などが主力で医師は戸別訪問はあまりしないらしい)
おそらく2030年以降は医者がダブついてくるというのを睨んでこうなっているのだとは思う。
個人的には訪問診療に夢があるとは、あまり思わない。
訪問診療の中にはやはり「やってよかった」理想に近い訪問診療、お家で最期まで安楽にくらせる「いい訪問診療」があるのは確か。
だがさまざまな条件に合致せず、消去法で訪問診療にならざるを得ないケースには、やはり不幸な事例もかなりあると感じる。
ま、そんなのは、外来にしろ入院にしろどの領域だって同じ。
けど訪問診療は、相手のテリトリーに踏み込んでいくリスクが無視できない。
こういう事例が続き、しかし国策として在宅訪問系のサービスをやめるわけにはいかない、となれば、例えば訪問看護や訪問診療では、GoProとか緊急発信できるデバイスを必ずつけて、異常事態が起これば対応できるようにしておく、ようなシステムが必要になってくるのかもしれない。
というか、そうなるのかも。*9
*1:大阪はやばいかもわからんね
*2:エピソードを仄聞する限り僕にはそう思える
*3:いや、コロナはやはり何かしら影響しているのかもしれない。社会不安は騒擾を呼び、一部の人間の暴力的傾向を助長する
*5:もしくは古代の呪術師や王族は「まつりごと」に不備があるとが弑殺された
*6:危険度はともかく変則勤務ゆえ、選手寿命はやや短い
*7:例えば直近の有給休暇年間取得率は75%だ
*8:ちょっとしたボディタッチとか、今ではセクハラに分類されるようなことは、やはり一定の確率で起こりうる。そりゃ引きこもっている男性であれば、数年ぶりに自分のテリトリー内に入ってくる異性なのだから、無人島で男女二人きり、みたいな気持ちになってしまう人はいる。相手の女性は、所定の勤務時間で応対しているだけなのに。
*9:プライバシーの保護とか、ケアの際に利用者の身体が電子媒体にのる可能性があることが問題にはなると思う