半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

塩の効用 その2

 僕は塩辛いものが好きです。

 むかしは醤油かけご飯が好きだったりもしました。あれ、お餅みたいな味がしておいしんですね。

前回の続きです。

←(塩の効罪)http://www.geocities.jp/halfboileddoc/personal/11-09salt.html2004日記より

←(塩の効用1)http://d.hatena.ne.jp/halfboileddoc/20070523

 日本という高温多湿の国では夏季に発汗による脱水が著しい環境において肉体労働を行わざるをえません。そのために塩分摂取が多いことにインセンティブが働き、高塩分食が選択されたのではないかということを前回書きました。

 ところで、塩分を摂りすぎると、どうなるんでしょうか?

  • 高塩分食は血圧と緩やかな相関があります。
    • 高血圧患者の減塩食には降圧効果があります(但しその効果は不定)。
  • 慢性の高血圧状態は動脈硬化を促進します。

従って、高塩分食は、脳卒中心筋梗塞などの血管イベントの発症を促進します。正確なデータは知りませんが、

  • かつて、日本国内の疫学調査で、塩分摂取量の多さは、脳卒中の発症とかなり相関がみられました。
  • また、戦後国を挙げての減塩運動により、日本国内の脳卒中発症数は激減しました。

とのことからも、高塩分食と血管イベント増加は正しいと言ってよさそうです。

 ところで、高塩分食は、人間の活動性に、どちらかというとstimulantiveな効果があります。高血圧は、活発な行動という点からはおそらく有利に働いているのではないかと思います。

ここで、今日の分裂気質がただちに考えられてはならない。分裂気質とは、ちょうどかつて身体闘争などにおいて合理的な意味をもちえた高血圧が、今日の心理的圧力の優越した世界では単なる病気に転落したように、かつての有理性の大方を失い「少数者」に転落したS親和者が、みずからに馴染めない世界のなかでとる構え―私が発病論においてみたところでは堅く剣を構える姿勢にたとえうる、それゆえ"不意打ちに弱い"無理の状態である。

(中井久夫分裂病と人類』より)

 これは精神分裂病について書かれた文章*1で、あくまで高血圧の話は類例として引用されているものですが、ここに書かれているとおり、高血圧であることは、短期的には高血圧であることは生存に有利な形質と考えてもいいと思います。

 具体的に言うと、寝起きがよく、活動的であり、精力的であるということです。 *2

 しかし、その反面、長期的には脳卒中などのリスクは高くなります。 

 つまり、高塩分食は、ガソリンにニトロを入れるようなもので、パフォーマンスは向上する代わりに耐久性を失うという、トレードオフの関係を有していることになります。

 日本では夏季に発汗による脱水/塩分漏出を余儀なくされるで肉体労働を行う必要がありました。充分な塩分を補充することが有利に働いたのは想像に難くありませんし、その結果、高塩分食が有利であったんでしょう。

 その結果、前近代では脳卒中が30代から40代という若年でもしばしばみられたようです。

 もちろん脳卒中というのは個人にとっては不幸なイベントではあります。

 しかし、集団にとってはどうだったんでしょうか?

 高塩分食の集団は、そうでない集団にくらべ、

  • 労働において、高い活動性を維持することができます
  • 脳卒中のリスクは上昇します。このことにより、
    • 集団の平均年齢を下げます。
    • しかし長期的な人口モデルには影響を与えません(再生産には影響がない)。基本的には生殖可能年齢を過ぎて起こる疾患なので、生殖可能な若年層に対する影響は低い。*3
    • 生産性の低い老人人口の比率が相対的に低下します。これは非労働人口の低下を意味し、労働人口比率は高まることにより、経済効率の向上を意味します。
    • 前近代においては脳卒中は即ち遠からぬ死を意味していましたし、その予防・発症時の医療法はありませんでした。このことは逆にいうと、脳卒中発症において、医療コストがかからないということを意味します。


 まとめますと、高塩分食を採用した集団は、労働生産性という軸で評価している限りにおいてはあらゆる面で、効率が良いということを意味します。

 これが日本において高塩分食が選択された(逆にいうと、高塩分食である集団を選択する淘汰圧が働いた)理由ではないかと僕はひそかに考えているのです。

 ま、自分はそういうことを考えながら、ご飯に醤油をかけたりするような食事が好きだったりするわけですが*4なぜそういう行動に出るのかは続きで。

*1:現在、統合失調症という病名に変更されているが、この本の初出後のことであり、精神分裂病として記載されている

*2:実を言うと、この辺りに関してはあまり明確なエビデンスはないのですがね。

*3:例えば、結核も集団の平均年齢を押し下げますが、これらは年齢を問わず生じる疾患です。ある閾値を超えて結核が大流行することは、人口動態に深刻な影響を与えることになります。

*4:さすがに今はそういうことはしませんが