半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

コロナワクチン政策は戦術目標の変化に対応できているのか

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2021年 広島

コロナ・コロナ・コロナ(Covid-19, SARS-CoV-2)……

今日はちょっと床屋政談的な話。

コロナワクチンについては思うところは沢山あるけれど、
とりあえず数千万人分確保*1して、なおかつワクチン接種料を無料で配布する、という大枠にこぎつけたところは政府はよくやったと思う。
むしろ国民の科学リテラシーが低いことが足をひっぱっている。
ワクチン不信を煽るようなマスコミは、ほんとどうかしている、とさえ思う。
はっきりいって世論を騒擾したのはワイドショーで、あれでワクチンの日本上陸は1〜2ヶ月は遅れた。

ただ、ワクチン到着のニュースと相前後して、変異株の日本上陸が新たな問題を引き起こしている。
変異株、特にインド株が比較的感染力も強く、若者の重症化率も比較的高いものであるということだ。

山中先生のおっしゃった「ファクターX」=日本人含むアジアでは重症化率がアメリカ・ヨーロッパに比べて格段に低い現象は依然謎であるが、変異株はこのファクターXを打ち消すような感じだ。
つまり変異株によって日本の重症者は基礎疾患ある患者さんもしくは高齢者にほぼ限られる、という前提がくつがえされた状態である。

では、どう考えるべき?

戦略目標と戦術目標

コロナワクチンを軍事行動と同様に考えてみると、

  1. 戦略目標:ワクチンにより集団免疫を形成し、コロナによる死亡をへらす
  2. 戦術目標:治療拠点となる医療従事者および重症化率の高い高齢者に重点的にワクチンを先行投与する。その他の母集団についても可能な限りすみやかにワクチン接種を行う。

となる。
ところが、変異株が流行し、第三波までの前提がくずれた。
変異株が若者〜中年世代の致死率を押し上げるようになるのであれば「まず高齢者を押さえて重症化率をへらす」という見積もりが成り立たない。
敵であるコロナはこちらの戦術に対して、対抗措置をとって変化してきたわけだ。

従って、当初の戦術を修正した方がいいのではないか?
と思う。
例えば、コミュニティの中でハブになりうるような人材、接客業、販売、飲食、あとは警察・消防などのエッセンシャルワーカーに、高齢者に配布する1%でも割いて感染拡大にブレーキをかける方がいいのでは?

プランB

戦術目標にいるはずの敵が消失しているとき、どうするか?
敵が移動した時に、戦術をどう立て直すのか?

プランB*2をどうするか?を考え直す時期だと思う。
が医療従事者の私が横目で見ている限り、残念ながらワクチン政策は第三波までで立案した当初の計画どおりに進んでいるように思われる。*3

太平洋戦争のときの軍事作戦の拙劣を描いた『失敗の本質』にも、この手の問題は繰り返し出てきた。
結論からいうと日本軍は、相手の動きに応じて戦術を変化できない。
机上の空論できっちりした計画を立てすぎて、情勢の変化に柔軟に対応できない。
我々は、相手のある戦いが苦手なのである。
局面を深読みできないから相手の動きに対応できない。机上の軍事計画の想定外の事態には対応せず、計画を押し切り、結果しょうもない敗北を重ねる、というのが日本軍の負けパターン。ミッドウェー海戦レイテ沖海戦がその代表だろうか。

今回のワクチンを誰に打つか、という優先順位設定については、正直にいってそういう感じはある。

科学なのか政治なのか

ワクチンの配布に倫理や勧善懲悪を持ち込むべきではないと思う。

ワクチンを誰に打つかということは、戦略目標の「コロナ死亡を最小化する」という目的のもとで答えを出すべきであり、フェア・アンフェアなどは問題ではない。

例えば、ギロッポンでウェーイしているホストやキャバ嬢などの夜の街の人たち。
もし、この人たちにワクチンを打つことによって、夜の街の顧客である大都市の一般人口への感染拡大が抑えられ、死亡率が減るのであれば、こういう人たちに優先的にワクチンを接種させる、という政策だって有り得たはずだ。

もう一つ。
これはかなり批判を呼ぶ提案ではあるけれど、例えば300万くらいの値をつけた先行優先接種枠を作ってもよかった。
例えば先着50万人分とか。
そうすると、おそらく富裕層が接種を希望することになるだろう。
彼らはワクチンを接種して飲食や旅行をする。
しっかり飲食・観光業界にお金を落とすのであればGo To トラベルよりもはるかに効率よく日本経済の疲弊を防ぐことができただろう。
50万x300万であればそれだけで1.5兆くらいのお金が捻出できる。それは他のことにも使えるし、観光業界にとっても干天の慈雨になるはずだ。

「経済を回さないといけない」というなら、金待ってる人に金を使わせるという意味では理に叶っているし、ついでにいうと金持ちから合法的に金を巻き上げることもできる。一石二鳥である。

ただ、日本はシルバー民主主義。
タテマエでは世界に誇るべき平等社会である。
こんな政策など許されるはずもないだろうけどね。はい。

でも「ワクチンを誰に打つか」という問題は、科学的なイシューで論じるべきである。
倫理とか公平不公平とか、政治の概念を持ち込むべきではないと、私は強調したい。

どの層にワクチンを打つとどれくらい有効か、という冷徹極まりない神の視点が必要ではないかと思うのだ。

せっかく世界に誇るスパコン富嶽』があるのに、あれはそういうことに活用しないんだな。
ウレタンマスクでの飛沫計算みたいなアホな計算させずに、日本全国のGISデータを繰り返し変数を変えてシミュレートして、感染の伝播のありようを計算させて、そしてワクチンによる介入がどのような結果になるかを計算すればいいのに。*4

富は独り占めできるけど、ワクチンって一人2回接種すればそれで終わり。
富裕層だからって10人分20人分打つわけじゃない。
だから仮に富裕層に優先して打ったところで、他の人に行き渡るスピードってほとんど変わらないんすよ。
冷静に考えると。
それに、300万で50万人先着、とやれば、結局半分くらいは田舎の準富裕のお年寄りが殺到して、あまり現状とかわらないかもしれない。

まあ僕は医療従事者で、打たせてもらったからいいけどさ。
ま、日本人の宿痾その2、ロジスティックス(兵站)の軽視も、この状況に輪をかけていると思う。

*1:多分だけど

*2:感染症学の泰斗、岩田健太郎先生は今回のコロナ禍ではすっかりSNS的には株を下げてしまったが、プランBが大切というメッセージは、今ここにきて重要性を増していると思う。

*3:河野大臣はそのあたりはわかった上で、現場に柔軟な対応を、と言っているようだが、それを受け入れるような柔軟な組織体制にないのが官僚組織のよくないところか。

*4:ま、パラメータが全て仮説に過ぎないのでシミュレーションそのものが成立しづらいのは十分わかっている。ただ西浦先生の仮説と実数はかなり肉薄していたのでそれを元にパラメータ設定は可能だと思うね