半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

ピンピンコロリ(PPK)の欺瞞

f:id:hanjukudoctor:20181005182233j:plain:w300
今週は地域での講話と、別の講演と、妙に忙しい週だった。
どちらも「死」とか「看取り」に関するお話なんであるが、片方はACPとか、死について省察しましょう、というもので、もう一つは「院内で死に際する諸問題(診療の標準化でもあり、リスクマネジメントでもある)のシステム化」に関する話で、どちらも微妙に違ってて、準備が大変でした。

最近「死」についてについての講演をすることが多くなった。

これは多死社会であることもあって社会のニーズが高まっているからもあるだろう。
もう一つは、私個人が、基幹病院の専門外来、中小病院での入院と外来(経営も)、施設の往診、*1いろんな働き方を今現在も続けていて、医療全体を俯瞰しやすいからだと思っている。
もちろん、おもしろい講演をするから、というのもあります。
 誰も言ってくれないから今自分で言い ま し た よ!!

* * *

ピンピンコロリという言葉がもてはやされている。

ピンピンコロリとは、健康寿命の長さを言い表した表現で、「病気に苦しむことなく、元気に長生きし、最後は寝付かずにコロリと死ぬこと、または、そのように死のう」という標語。略してPPKという。
ピンピンコロリ - Wikipedia

そりゃあ病気に苦しむことのない人生なんて、いいに決まっている。
本来は、寝たきりとかになる(NNK ネンネンコロリ)を防ぐために、しっかり健康寿命を伸ばしましょうという、割と全うな主張なのであるが、僕が外来で出くわすPPKピンピンコロリは、まあ都合がいい話ばかり。

コロリと逝くことができる病気というのは、確かにある。脳血管とか心血管とか血管イベントが、そうだ。
だから、狭心症心筋梗塞の疑いがあるのに、タバコをスパスパ吸っている御仁が
「いやあ僕はピンピンコロリですから」とうそぶき、禁煙もしないし、それ以外の健康対策もしない、なんてよくある話だ。

医者からのアドバイスを、ピンピンコロリの言葉一つで、けむに巻くわけですな。
かといって、突然死することを許容して、人生設計に組み込んでいるのか、というと、そうでもない。
たとえば遺言状とか、エンディングノートとか書いているわけでもない。

* * *

仏教用語の4大苦というものがあります。
「生」「老」「病」「死」

いつも私は「医療でなんとかなるのは 生と病だけですよー、老と死に関しては医学は無力ですよー」みたいなことを言っている。
外来で、講演で。
看取りとか、老衰の方に対して、過剰な治療を望む家族の方は一定数いらっしゃる。
そういう人に対して、現在の状態をお話するときに、
こういうことを言うと、理解してもらいやすい。

ここで、ピンピンコロリという概念をもう一度みてみる。
ピンピンコロリって、要するに、「生」「死」だけで、「老」と「病」がない状態なのだ。
だからこそ魅力的なのである。
そりゃ魅力的だ。
人間が向き合わなければいけない4大苦のうち2苦がないわけだから。

もちろんこれはファンタジーで、たとえば、
道を歩いていたら絶世の美少女が歩いてきて、ろくに会話もしないのに
「私あなたのことが大好きなんです。抱いてください」
なんていうような話があるとしたら、皆さん頭がおかしいと思うだろう。
そんなうまい話、あるわけないじゃん。

でもピンピンコロリって、そういうファンタジーに近いものがある。
老と病のことを一切気を使わなくて、老や病が訪れず、ある日苦痛のない死を迎える。
リアリティがなくて、かなり都合のいい考え方だ。

老・病なんて、我々は自覚していないだけで、20代だって30代だって、一日一日老いている。
実際に、PPKを目指すためには、そうした老化から目を背けずに、毎日の生活態度に非常に気をつけていれば、
老、病を防げて、健康寿命を伸ばすことができるかもしれない。
ただしそういう場合は血管イベントは当然低リスクになるから、それ以外の病気(まあ、癌だろうかな)で死ぬ前に、病気と向き合うことになるかもしれない。

ただ、現実に医療現場でピンピンコロリなんて都合のいいことを言うやつは、
やるべきことをやらずに、健康に関することをすべてすっ飛ばし、医者や保健師のアドバイスはピンピンコロリという「錦の御旗」を持ち出して自省しない人が大方である。

心血管イベントも脳血管イベントも、両分野の医師の必死の努力によって、即死する事例はかなり減った。
簡単には死ねない。
だからPPKという都合のいいファンタジーに仮託するものは、若くして大きな障害を負い、途方にくれることになる。*2

*1:今はオーバーワークでできていないが、警察の死体検案協力もやっている

*2:もしくは運良く本人ののぞみ通りにPPKとなり、残された若い家族が途方にくれることになる。PPKとかのたまう御仁は、最低限遺言状くらい書いていてほしいわ。