半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

大晦日 新政権と分配の政治

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2021, 福岡

コロナ・コロナ・コロナ…
第五波はかなり厳しかったが、その分鎮静後は長かった。
しかしオミクロン株の流行。第六波どうなるんだろうな。
重症化率は必ずしも高くはないということだから、過剰に怯えるべきではないのかもしれないが、今までとウイルスの性格が異なっていることを加味して対策しなければいけない。日本って、そういう戦局の変化修正がわりと苦手だよね。

気がつくと大晦日

なんやかや色々大変だったので更新が滞っておりました。
来年もよろしくおねがいします。

岸田政権「分配」

初会合に臨んだ岸田文雄本部長(総裁)は「大きな時代の変革期に当たり、われわれ自民党が日本の未来を見据えて経済・社会体制の在りようについてしっかり考えていかなければならない。これが実行本部の存在意義だ」とあいさつ。「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした「新しい資本主義」の実現に向け、政府と党が一丸となって取り組んでいこう(後略)

格差拡大に対してなんらかのブレーキをかけたいというのは全世界的な解決課題である。
だから、岸田政権の言っていることは、わりといい線をついているのでは?と私は思った。

話題の根幹はピケティの話とか。穏健な政策としては、国際協調の徴税制度(全世界的にタックス・ヘイブンに対する対策などがとられたり、所得税累進課税化・法人税増税)が今後10年あまりでとられることが予想される。

ただ、日本国内の対策を先んじて行うことはなかなか難しいんじゃないか。

そういう分配の仕組みの再編は、経済強国が行えることだけれども、日本は、企業生産性や国際競争力が相対的に落ちている現状。
サッカーでいえばJ2落ちになりかかっている、という喫緊の事態をなんとかしなければいけない。
国際間の鍔迫りあいに勝たないと、国際政治では、他国は言うことなんて聞いてくれないよね。

せっかく中国が、戦狼外交の行き詰まりや経済成長に暗雲が立ち込めている好機なのに、ああいう発信で海外機関投資家に「ん?」と思わせるのは、ちょっと早計だったのではないかとは思った。

第二次安倍政権だって、まずは圧倒的な経済成長にて指示基盤を固めておいてから、自分のしたいこと(改憲)という順番だった。
そしてその改憲も、できなかった。

まずは自分の権力基盤を盤石化しないと、ああいうことは言っちゃいけない。
衆議院選挙の勝利で冷静さを失っていたのだろうか。
根本的な改革を行う状況ではないように思われる。

新人で初当選した議員が「日本を!変えます!」みたいなこと言っている上滑り感が、少し残念でした。

でも、もっと残念だったのは、そういった世界的な潮流を踏まえた岸田発言なのに日本の「一般庶民」「マスコミ」には全くピンときていなかったことだ。むしろ一世代前の「社会主義」的な文脈で受け取る人が多いように思う。
国際的な問題に対する関心の低さが、ここ30年間でかなり進行してしまったのかもしれない。

その意味では、昔は「政治は三流、経済や国民の資質一流」のように言っていたのが、もはや国民の教育レベルも一流ではない時代だと思う。
若い世代に期待したいところだが、本当のことをいえば、私の前後30代から50代がもっと変わったら、日本はもっと変わっていくのだろう(反語的表現)

衆議院選挙が終わった

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2021, 世羅のダリア

衆議院選挙が終わりました。

hanjukudoctor.hatenablog.com

これは自民党総裁選の前に書いたもの。
自民が勝つにしろ負けるにしろ、今よりは議席を落とし、求心力は落ちるだろう。
それは、コロナという即応を求められる災厄には向いてないよな、という話でした。

* * *

蓋を開けてみれば、自民党議席を落としたけれど、政権与党にとどまるという順当な結果。
確かに議席こそ落としたけれども、前回が安倍長期政権の盤石な体制ということを考えると、議席の減りは最小限だったし、減ってもなお安定した政権運営が可能であると思った。

今回はむしろ激戦区にて自民党が競り勝つ局面が目立った。事前の政権支持率を考えると、かなり敢闘している。十分危機感をもって選挙対策戦術を練り上げて選挙戦を戦った結果の勝利ではないかと思う。

ただ甘利氏が小選挙区で敗れるという大波乱があった。
これは事実はともかくストーリーとしては「党本部の選挙対策は拙劣で、応援のない中、地元勢は奮闘した」みたいな感じで甘利さんが去るという流れになりそうな気がする。*1
これは、甘利に気の毒ではあるが、勝利に預かれなかった人の恨みを甘利氏を戦犯にすることで免罪できる効果があり、自民党本部にとっては、避雷針的に大きな効果があったような気がする。党としても信賞必罰は引き締めにもなる。

一方野党側の劣勢がかなり気になった。
はっきり言えば、野党はきちんとやればもう少し勝てた局面のはずだった。野党共闘という良識ある人間が眉をひそめるような裏技を使ってまで*2立憲が議席を減らしているという現実は、かなり厳しいと認識した方がいい。共闘しなかった野党が議席を伸ばしている事実は、これがいかに不興をかったかを示している。

今回の選挙で失ったものが最も大きいのは立憲民主党だろう。枝野氏の今回の総括も、うなづけないところではあった。
この党は政権を交代する資格はないよなあと、改めて思った。きちんと現象を直面視できない人間は、権力を持つべきではない。

しかし、枝野氏以下立憲のシャドーキャビネットのお歴歴が仮に深く反省し、引退しようとしても、それを埋め合わす人材もいなさそうである。*3
劣勢な団体は、人材難なのである。
 仮に現首脳陣が能力を満たさなくても、それにかわる有為な人材はさらにいない。
 三国志の「蜀」のようなもので、姜維が力不足でも、姜維と心中するしかない。

結局、官僚の政策提言をうまくコントロールするような実務家って、官僚出身か企業家の、ごく限られた人材。日本に1000人いるかどうか。その1000人の取り合いでいうと圧倒的に自民党が優勢なのである。それを欠いた党はいくら理想が高邁だとして政権運営はできない。
ほら、やる気だけあっても、楽器演奏経験がなかったら、バンドできないじゃないですか。
一握りのアジテーター(ボーカルみたいなもんだ)を除けば、政治はやはり経験がものをいう世界だと思う。

今回の選挙では、日本のマスメディアの影響が減殺されたような印象があった。コロナ禍のために、中央と地方との分断があり、中央のマスメディアの報道の意向を忖度しなくなったのかなあ、なんて思ったけれど、真相はちょっとわからない。

* * *

今週末のコロナ感染者数は不気味に増えていて、さすがに緊急事態宣言から1ヶ月がすぎ、再上昇に転ずるのか…というところがやや気にはなる。

選挙戦で、すっかり人流は戻った気分になっているが「忘れた頃にコロナ」。
次のステージが始まっちゃうんだろうか。

*1:実態は甘利さんは全国の応援遊説にリソースを割きすぎて本丸がおろそかになったんだとは思うが

*2:権力中枢にさえいやしない段階で、主義主張の異なる人たちと妥協するような人たち、つまり手段と目的を履き違えているような人たちをどう信頼できるのか

*3:ここでいう能力というのは知力などだけではなくリーダーシップやマスコミへの曝露歴など総合的なもの

はてなブロガーに10の質問

はてなブログ10周年特別お題「はてなブロガーに10の質問

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2021, 広島

秋だ。さみしい。

今年の秋はいろいろ(精神的に)しんどいなーと思う。
ので、わけもなく人の集まるところに顔をだしてみた。

そんな感じで、「はてなブログ」の10周年記念イベントにかる~く乗っかってみる。


ブログ名もしくはハンドルネームの由来は?

2000年からやっていた 半熟ドクター(Half-Boiled Doctor)というサイトから移転してきたもの。
研修医の時に始めたので、「半熟」な「ドクター」と思われがちですが、実はそうではなくて、
フィリップ・マーロウ松田優作のような「ハードボイルド」に憧れる軟弱青年。
ということで「ハーフ・ボイルド」と命名しました。
というわけで、47歳となり社会人としてはまずまずのポジションにおさまっている今でもハーフ・ボイルドな僕です。

はてなブログを始めたきっかけは?

ブログが出現する前、2000年からWebsiteを作りました。その頃はHTML手打ちで日記を書いていました。
はてなダイアリーができてからそこに移りましたが、そのあとはてなブログに移動しています。

自分で書いたお気に入りの1記事はある?あるならどんな記事?

hanjukudoctor.hatenablog.com
このひとつ前に消費税増税について書いた記事が、ブログはじめてから初めてバズったので、次を狙って頑張って書いた記事ですが、
盛大にダダ滑りしました。
長すぎた。
今思えば「目的と手段の取り違え」という言葉で済むことを長々と書いていた。

ブログを書きたくなるのはどんなとき?

ないっす。
書かないのが半月くらい経過すると、強迫観念にかられて、書いています。

下書きに保存された記事は何記事? あるならどんなテーマの記事?

20-30くらいは下書き保存されてますかね。書評みたいなやつは特にそう。
ニュースとかは時期を逸すると捨てるしかない。

自分の記事を読み返すことはある?

あります。てにをはとか冗長な部分を削って読みやすくしたりしますね。

好きなはてなブロガーは?

やしお (id:Yashio)さん。
yashio.hatenablog.com
自分のブログは文字数が多すぎることでポピュラリティを獲得できないと思っているけど、やしおさんみていると、それだけが問題ではないのだなと思わされる。

はてなブログに一言メッセージを伝えるなら?

もう10年、頑張ってください!

10年前は何してた?

これはちょっと言えないな笑。一番ライフステージ上は不安定だった時期です。
その一年後、今の家を建てて引っ越して、今に至ります。

この10年を一言でまとめると?

地元に回帰し、根を下ろした10年でしょうか。
一言でいうと、大人になった。
ただ、それは夢を諦めたりということではなく、
今のほうがいろんなことを自由にやっているのは不思議。
身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ ノモンハン

うまくタマを回せない

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2021年 香川

コロナ・コロナ・コロナ(Covid-19, SARS-CoV-2)……

緊急事態宣言が終わり、人流も少しずつ戻っている。
しかし不思議なことに、首都圏でも地方でも新型コロナウイルスの感染は未だに減り続けている。
コロナはすっかり落ち着いたように見える。

第五波が終わり、緊急事態宣言が終了する。
そあするとRは1以上となり感染者数は再上昇に転じる、という予測をした人は多かった。
私も当然そう思っていた。
しかし現実はそうはならない。
数週間のタイムラグがあるとはいえ、間尺にあわない。

いろんなファクターがありすぎて、何が起こっているのか正直わからない。
多分答え合わせは来年度以降なんだろうな。

それ以前に、中国が2019年の段階でPCRの機械を大量発注していたというニュースが気になる。

球回し

前回書いたが、47歳になった。

コロナで活動性が落ちたからかもしれない。
緊急事態宣言が明けてから、活動はすこし増やしてるけれど、びっくりするほど力が落ちている。体力というか、精神力というか。

かつて私は時間をめいいっぱい使って活動する人間だった。医師として経営者としてジャズ・ミュージシャンとして縦横無尽に活動していた。

どちらかというとマルチタスクに長けたタイプだ。まるでジャグリングのように様々な事柄を同時並行で扱うのが得意だった。

夜間の救急や、内科の初診外来でも、同時並行で、患者さんの待ち時間を最小化すべく、検査のタイミングや時間を見計らいつつ、数人の患者さんの診療を「さばく」。患者さんをできるだけ待たせないようするのは結構得意だった。
(これは向き不向きが割とでる。丁寧に一人ずつ診るのを好む先生もいる、同時並行で診療を行うことを厭わない先生もいる)
要するに、多重課題が割と得意だったのだ。

そのスキルはプライベートでも活用していて趣味に仕事に同時にこなしていた。東京や大阪などの大都市に、経営セミナーや学会など年間30回くらいは赴いていた。出張の合間には買い物に行ったり、ジャズの店にセッションに行ったりもしていた。

ジャグリングでは同時にいくつの球を回せるかの能力が競われる。
あの頃の僕は、例えば、入院患者20人でタマ3つ、外来でタマ一つ、研究や学会発表でタマ一つ、経営でタマ2つ、ジャズのセッションとかやっているバンドのマネジメントでタマ3つ、家庭のことでタマ一つ、交友関係でタマ2つ。
合計タマ13個!
みたいな感じだった。
同時並行でジャグリングしていた。
それが別に苦じゃなかった。

ある場所では「あの人は本当は3人くらいいるんじゃないか」とか言われていたらしい。
とにかく、活動性は高かった。
(もっともこれは、ある程度以上のポジションの人の普通だとは思う。全国を飛び回って講演しているような医師や経営者の方々は、僕よりももっともっと球回しが得意なはずだ)

しかし、コロナが生活を一変させてしまった。
最近はそういうジャグリング能力はめっきり衰えた。
今では同時に扱えるタマは7個くらいじゃないかな。10個は無理だ。

そうやってジャグリングを行うことで得られる自己肯定感も、めっきり失われてしまった。

今では「吾唯足知」という心境になって、あまりスケジュールを入れない。
とはいえ、同年齢の平均からするとまだまだかなり活動的ではあるとは思いますが、ポストコロナどうなるのかがわからない。

ポストコロナ、ということであれば、前みたいな喧騒の世界に身を置くのかもしれないし、
ウィズコロナの世界であれば、あまり行動は増やさず、思索を深めていくことになるのかもしれない。

まあ、ライフステージとしても40代なかば。
ダウンシフトの時期だとも思うし、それがコロナ禍という社会的な変革点とたまたま合致しただけなのかもしれない。

誕生日とミッドライフ・クライシス

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この歳になると空のきれいさが沁みる。

広島県人としては、岸田総理おめでとうございます。
選挙、どうなるんかな……(あと、株価も…)

* * *

先月、47歳の誕生日をむかえました。

しかし今まででもっとも精神的に低調な誕生日だったかもしれません。
それはコロナ禍によるものか、ミッドライフ・クライシスよるものなのか。
けど、この時代の不安定な通奏低音にすっかり共振しちゃってるように思う。

VUCAという言葉があるが、それを超えて極端に不確実な時代。
コロナで世界は一変した。そしてそれが年単位で続いてしまったことで、コロナ前の世界と連続性を保とうという復元力も失われてしまった。ここからは時代が大きく動く。

もし自分に時代を見通す力と才覚あれば、ひと化けできるのかも知れない。
しかし残念ながら自分はそんなタマじゃない。
時代変化について行き、せいぜい地雷を踏まないのが関の山。

自分がひとかどの者になれへん諦念をかかえて生きるのはなかなか難しいことだ。
これがミッドライフクライシスというものなんでしょうか。
嗚呼我老いたり。

そんなこという資格が僕にあるのか

とはいえね、今の僕、相対的にみると恵まれてる方だと思うんです。

家族もいる。
やりがいのある仕事もある。
趣味もある。趣味で自己実現もしています。
金銭的にも自分の消費欲を満たす程度には不自由していない。
友達もいます。知り合いはめっちゃいっぱいいます。

こんなんで不満抱える資格はないよ、と思う。
同年代の一般男性とくらべても、リア充やんか。
それでもこんなに苦しいのはなんでだろう。
肥大した自意識と現実との折り合い。自意識との葛藤。
苦しい。浅ましい。

そういうマインドのありよう。
老年期に向けてコントロールし、坂道の下り方を学んでいくしかないんでしょうね。

* * *

仕事において、この一年は受動的であり、能動的ではありませんでした。
病院、自組織においては、最低限やらなきゃいけないことはやってる。
しかし組織を掌握できてるかというと、よくわからない。

このコロナ禍の騒動の中、火中の栗を拾うようなことはしておらず、生ぬるく来てしまった。
アクセルを踏んで新しい風に乗る必要があるのに、ビジョンが見えず、待ちの一手。

業績も、職員の様子も著変ないけど、なんつーか静かに血が流れ去っている気がする。
求心力を失っているような気もする。
(私が職員の方をきちんと正視していないからでもある)

ちょっと煮詰まってるんですよね。
とはいえ、医療機能評価みたいなものも控えていたり、やらなきゃいけないハードルは次々とやってくる。

* * *

趣味の音楽についても、中途半端な気がします。

それなりに自分の演奏の完成度をあげようとはしていますが、直面すべきハードルがないと、人間って成長を実感できない。いや、例えばピアノ弾いたりとか、できることは結構増えたんですよ。
でも、一つの曲を熟成させるような、自分と向き合うような作業をしていませんね。

40にして惑わず、50にして天命を知る。
そう行きたいものですが、とてもそんな心境ではないですね。

* * *

あ、しかし今年やったこととして、少し離れた山間部にある古民家の別荘を利用した焚き火キャンプ。
キャンプといっても、テントは張らずに、きちんと宿泊できる建物がある。
そこで、週末は少数の友人と焚き火を囲んでスローライフを送りました。

同時にそういう焚き火とかBBQのグッズを揃えるのに、物欲を開放して、そっち方面のネットの買い物をしまくりました。なんだかんだいってポストコロナに適応しようとはしています。

コロナのことを考える限り、衆議院選挙の後の日本は詰んでいるのでは

コロナ・コロナ・コロナ…(Covid-19, SARS-CoV-2)

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2021, 広島県(古民家にて)


さて、衆議院選挙である。
(その前に自民党総裁選だけど)。

衆議院選挙は、日本のこれからの方向性を決める大事なプロセスであると思う。*1
だが、現状を見る限り、どういう選択がなされてもうまくいくとは思えないのだよなあ。

菅さんはやることを絞って粛々と実行したと思っているが、残念ながら、国民にそれを説明することが上手くなかった*2。結果、支持率は上がらず、自民党総裁を再任される力を持ちえずに、再出馬さえもできなかったわけだ。

次の総裁選で、どれだけ自民党菅内閣に欠けていたTransparency(透明性)を持ちうるのかはわからないが、前提条件がマイナスからの出発であるのだから、自民党の大衆人気がすごく増える可能性は低い。
自民党が躍進する可能性はどうみても高いとはいえない。

しかし対抗馬である野党で、このコロナ禍で、非常にクレバーな見通しと選択をして国民の信頼を得たような政党も、ない。
残念ながら、自民党に取って代わりうる政権運営能力を期待できる政党も、ない。
その意味では、どの政党もコロナ禍で大幅に得点を増やしているようなところはない。

悪い意味でのどんぐりの背比べだよね。

では、自民党が勝つにしろ、負けるにしろ、6:4とか4:6とか、そういう感じになるだろう。
圧倒的な政権基盤を持った政権与党は、現状からはちょっと予想できない。

コロナ禍では意思決定の速さこそが決め手となる

しかし、コロナ禍ではっきりしたのは、民主主義国家よりも独裁国家(中国やロシア)のほうが、うまくコロナ禍の中でマネジメントができているという事実だ。
ある種の戦時体制と同じで、迅速な意思決定が要求される。
孫氏の兵法にも「巧遅は拙速に如かず」なんて言葉あるじゃないですか*3
意思決定に迷いがあったり意思決定に月単位の遅延が起こるようでは、うまくいくものもいかないのである。

政権のイデオロギーによるカラー云々ではなく、そして、能力に優れているかどうかでもなく、意思決定が迅速であるかどうかがコロナ対応の必要条件となっている。
なので意思決定が迅速であるがゆえに独裁国家はうまくマネジメントができているように思われる*4

おそらくではあるが、菅内閣もそのあたりの風潮*5を踏まえた上で、国民を安心させることよりも、意思決定をきっちり行い、事をすすめることを優先させたんだろうなと思う。(ただ彼の誤算は「やることやったら国民はわかってくれる」という期待だったのかもしれないが、それはちょっと見通しが甘かった)

そう思うと、衆議院選挙のその後、どうなるか。

仮に政権与党の政権基盤の強みも失われてしまうのであれば、現在よりも政権運営の難易度は上がってしまうはずだ。
政権の基盤が弱ければ、どんな意思決定をするにしろ、各方面に配慮して根回しを行い、丁寧に国会審議を重ねる、ということが必要。
だが、それはコロナ禍ではそういうプロセスは全く適していない。
平時ではないのだから。

仮に、かつての小沢一郎のような策謀家が動いて、野党連合なり、与党が野党を切り崩して連立政権化を行うことができたら。
強い政権基盤を作り出し、強行採決で何でも通せる、くらいの状態にできたら。
そうすれば、コロナ禍および、それに付随して激動する国際情勢の中でやっていけるかもしれない。

でも多分そうはならなくて。
なんか中途半端に自民党が勝利して、
でも八方美人的な態度でなきゃいけなくて、
もさもさっとした意思決定で、大事な局面で手が出せずにオウンゴールみたいな感じになるんだろうか。

と考えていると、秋口からは、コロナ対策になんか大きな舵取りが必要じゃないかとは思うけど、どうなるんでしょうかね…。
とか思っちゃう。
まあいいけどさ。
あと、来年度の診療報酬改定ね。
ほんましっかりしてくれな困るよ。


*1:もちろん衆議院選挙では何も変わりゃしねえよ、というシニカルな意見もあるだろう

*2:あるいは、為政者の視点では説明してビジョンを共有すると、それに対して対抗策を取る輩がでてきて、上手くいくものも行かないのか?とも思うが、片がついた事例についてはもう少しうまく説明してもいいんじゃないか、とは思った

*3:実は孫氏はそうは言っていないらしいが

*4:まあこれもうまくやっている「ように見える」だけかもしれない。独裁国家は情報を統制することもできるし、コロナ禍で世界がオープンではなくなっている現状こそ、独裁国家にとっては有利ではある

*5:初期段階での中国の封じ込めの成功

コロナの兵站

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尾道の街にて。自分の中の中学生男子的なエロを憑依させて撮影

コロナ・コロナ・コロナ……(Covid-19, SARS-CoV-2)

コロナ感染者数は明らかにピークアウトに転じた。しかしまずまずの感染者数を今日も叩き出している。
第4波の最高値くらい。
僕らが慣れっこになってしまっただけだ。

我が市はSNS*1でコロナ感染者数とかの情報を届けてくれるのだが、一日の集計の報告が、日に日に遅くなっていた。
先週あたりをピーク。
落ち着いてた時には昼頃に発表されていた数字が、夜9時くらいにずれ込んでいた……
中の人がへろへろになりながら集計しているんだろうな、と慄然とした*2
一日あたりの感染者数は若干ピークアウトしているが、それの積算である、重症患者数や病棟の逼迫率はまだまだ解決はしていないが、これも若干減少傾向には転じたようだ。
波が大きかった分、引き波も大きい。

緊急事態宣言の延長

広島県も本当だったら緊急事態宣言は9月12日で終了するはずだった。
だが、収束する気配がないということ、過去の動静からいってシルバーウィークで人流が起こればまた感染流行が起こってしまうために延長になることが決まった。

もっともだよなあと思う。
医療に携わる人間として、
その決定は妥当かなーとは思う。
ただ、数理モデルとしてそれは妥当かなとは思うけど、可能なのかな?という気はする。

もちろん飲食・観光業などの業種がもう保たないんじゃないか?という懸念もあるけど、
単純に、人間の生理的な欲求を無視した指示なんじゃないか?という気もする。

たとえば、「ではみなさん!今から1分間息止めてください!」
って言われたって、ほとんどの人は無理じゃないですか。
そういうことを要求されているような気がする。

一部の人にとって、人との交流を避けて家に閉じこもっている、ということはかなり難しいことだろう。
多くの人にとっても、緊急事態宣言というのはさすがに長く耐えられるものではない。

東京なんて7月12日から緊急事態宣言である。もう二ヶ月続くのがさらに延長だ。
広島県なんて8月下旬からだからまだかわいいもんだ。

人間はかなり非合理な存在だし、耐乏生活は色々な「現在」を犠牲にしてやっている。
それがヶ月単位で続けられるわけはないのだ。

緊急事態宣言というのはカンフル剤のようにしか使えない。
法的拘束力がないからだ。
それを延長し続けると、遵守率は明らかにさがる。
それを非道徳的であると責めることはできないのではないかとも思うのだ。
丸3日うんこを我慢させて、うんこ漏らして怒られるようなものなのだ。

昔から「百姓は生かさず殺さず」みたいな言葉がある。
軍隊の優れた指揮官というのは部下の将兵たちの疲労度を把握して、消耗しすぎないように配慮していた。
それを読み間違えると、百姓は一揆を起こすし、将兵も反乱する。

そう思うと、どうせ守れない命令をすることと、守れる程度の命令にとどめる、
どちらがよいのだろう?

一つ言えることは、
一度でも守れない命令を出すと、もし次の命令が妥当だとしても、人はその命令を守らなくなる。


医クラ

我が友人の医クラの人たちを見渡してみると、コロナ禍が始まってから驚嘆すべきモラルで制限された生活を続けている人が実に多い。普通の人の緊急事態宣言レベルがもう一年半続いている。
もちろんコロナ病棟での診療をしていたり、発熱外来をやっていたり、コロナ診療に携わっているから、もあるなのだろう。

しかしそれは、職業柄コロナに関してある程度正確な情報を入手し咀嚼できるという情報の優位があり、ハードな仕事だがこの情勢下仕事がなくなるという恐怖からは無縁であるという点で非医療者よりは精神的には随分優位である部分を無視してはいけない。

一般の人たちのコロナ禍の中のあかん行動に憤る気持ちもわかる。
僕もちょっと憤りは感じる。
が、一般の人は、コロナというわけのわからないものに「いつまで」の期限もなく立ち向かっているということは、わきまえておきたいと思う。*3

当社も会計に関しては財務コンサルに外注しているが、東京大阪の財務コンサルは月に一度出張に来ている。
もちろんアフター5に会食などはせず出張にいってもそのまま帰るだけのようだが、それでもワンルームマンションの中でテレワークをして碌に外出もできないよりはましだ。
みな「緊急事態宣言」の中でそれなりに落とし所を見出している。

リテラシーの高い層はエレガントに生活をFixするし、リテラシーの低い層は盛大に規範から逸脱するしかない。
お金がなければ家も狭い。ステイホームはかなりしんどい。

* * *

話を戻す。

緊急事態宣言は、本来ある種パルス療法のようなものとしてしか使えないのだ。
緊急事態宣言をダラダラと延長するのと、短い緊急事態宣言を出したり引っ込めたりするのを、本当は秤量したほうがいいんじゃないかと思う。
もしくは長期耐乏を可能にする「ロックダウン」の法制化か。

行動経済学」を声高にいうわりには、人間というものの非合理さについて無神経なんじゃないかなーとは思う。
あるいは、もう単に余裕がないだけなのかもしれない。

なんのことはない、敗戦の教訓として、大日本帝国軍の「兵站の軽視」というのを言われるけれど、日本人ってやっぱり危機に陥るとロジを軽視する傾向で行動するよなあと思う。

コロナの最初期に、イタリアの医療従事者が「10時間ぶっとおしで働かされた!死ぬ!」とか言っていたのを覚えていますか?
本来はそれくらいでありたいものだとは思う。
日本の大衆は優秀すぎる。

* * *

一つ言えることは「感染の流行を防ぐ」ことが目的なのであって「我慢をする」ことが目的ではない。
我々は、楽しむことを禁止されているわけではないのだ。
手段と目的を取り違えている事例が多すぎると思う。

*1:LINE

*2:今はちょっとましになっている

*3:医療者でなくても情報にはアクセスできるし、読めばわかるはずだ、というのは、一般の方のリテラシーのレベルを過大評価している。さらにいうと、一般向けに情報をわかりやすく伝えてくれるはずのメディアが情報をただしく解釈も発信できていないことが状態を悪化させていることも斟酌すべきだ。