半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

禁酒・禁煙の年齢制限は思ったより早い

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これ、どこだっけ…
ええと、Blogより優先すべき原稿がありましてね。
それがなかなか筆がすすまず。
そうすると、ブログかけなくなる。気がつくと二週間あけてしまいました。
(ちなみに、その原稿も結局書けてません。)

* * *

私は内科です。
消化器・肝臓内科が一応専門ですけど、今ではプライマリというかなんでも診てます。
多くは生活習慣病ですが、専門領域のからみもあり、アルコール性肝炎、そこからアルコール依存も診るようになりました。

hanjukudoctor.hatenablog.com
(以前に書きましたが、久里浜病院に研修にも行き、結果アルコール依存の方の診療はさらに増えてます)

アルコール依存症の診療の基本は「SBIRTS」です。

  • S: Screening アルコール依存の程度をスクリーニングし重症度を判定
  • BI: Brief Intervention : 比較的軽く、「節酒」でいい方は 外来で簡易介入し、アルコールの量を減らします
  • RT: Referral to Treatment : 「断酒」が必要な依存症の方は、専門医療機関に紹介
  • S : Self-help Group :アルコール断酒会への参加を促します

プライマリ・ケアや、今では学生講義にもあるんじゃないかと思いますが、比較的新しい言葉なので、同年代や年上の先生には、この言葉を知らない方も結構おられる*1

アルコール依存の大きな問題は、実際医療機関にかかってる人は10%くらいしかいないこと。
とにかく、病院に来ない。来ても、すぐこなくなる。
はぐれメタルなみに、すぐいなくなっちゃう。
なので、どう診療するか以前に、どうやって受診してもらうか、が第一歩。

そのためには医療側は「酒飲んじゃダメだろ」なんて、怒っちゃいかんのです。誘拐犯からの電話を受ける担当みたいに、とにかくつなぐ、切らせない。逆探知はないけど。
でも、今までの内科(特に肝臓内科!)は、依存患者に対し、怒ったり叱ったりよくしていました。
怒らずに一緒に対策を考えることで、患者さんとの距離はぐっと近づきます。*2

しかし重度の「依存症」の方は、精神科による専門のチーム治療、閉鎖病棟で行われるアルコール断酒プログラム(ARP:アルコール リハビリテーション プログラム)がやっぱり必要です。そういう人には、外来で診てゆく段階で、精神科に紹介になります。
やっぱりアルコール依存症の治療の本丸は精神科。内科で、外来で、できることは限られている。
ただ受診の最初のステップとしてはそれなりに重要な役を担っているわけですよ。

というわけで、内科医はSBIRTSを踏まえて行動すればいい。
重症例の振分けと軽症の治療。
軽い方や、本人が精神科受診に抵抗がある時期には、自分とこで診る。*3
重症例は精神科と連携を取って、精神科に任せる。
まあそういう風に線引きをしていたわけです。

* * *

ところが。
精神科に紹介するけれど、そのまま突っ返される例が結構あるんですよね。
ARP(アルコール断酒プログラム)は、認知行動療法の一つなわけですが、自分の状態を理解し、それなりに判断力を有し、認知行動療法のアプローチに対してアクションが起こせる人でないと、結果的にうまくいきません。
「もう側頭葉が完全に萎縮しているんで無理です」なんて治療不適ということでけっこう突っ返される。外科紹介するけどインオペ(手術適応なし)みたいな感じで。

コルサコフ症候群」という病名もありますがアルコール依存症の経過長い方の多くは、深く考えられず、その場しのぎの思考に終始したり、認知機能もかなり落ちたりしています。
そりゃあ断酒プログラムなんて、まあ……無理。*4
ついでにいうと、アルコールの身体障害が強い、例えば非代償性肝硬変の方も診てくれません。

そもそも断酒プログラムも切り札でもなんでもなくて、一年後の断酒完遂率も30%程度にすぎませんが、エントリーの時点で、かなり人を選ぶのは事実です。
精神科領域も、マンパワー全然足りないしね。

俺たち、途方にくれる。


結果的に、70歳以降の依存症患者の治療成績は、かーなり悪いです。そもそもチャレンジする必要条件に達しない。

というわけで精神科は取ってくれないから(治療施設の差はあるでしょう。不幸なことに当院の地域ではあまり診てくれません)SBIRTSの精神にのっとり、うちの外来で診てますが、悲惨な末路にはしばしば遭遇し、心折れます。

* * *

ちなみに禁煙外来も年齢については同様です。
初期認知症の方で禁煙外来にくる人はしばしばいます(おそらく、家族の要望か、手術などを控えどうしても禁煙しないといけない状況なんでしょう)。
ただ認知機能が低下し、フレキシビリティの落ちた方は、生活を積極的に変えることなんてできない。チャンピックスはそれなりに効きますが、成績は悪いです。

* * *

50歳、60歳で「もうちょっと歳取ったら、酒もタバコもやめよう」なんて思っている人結構いますが、実は有効に禁酒・禁煙できるリミットは思っているよりずっと早いです。

70歳くらいだと、相当成功率は低い。
すでに辞める能力を失っている人結構います。

禁煙・禁酒に年齢による限界なんてもんがある、ってことさえ、みんな知らないんですよね。
外来で言うとみんな絶句してます。

高齢の方は、もうその場合、盛大に認知症が進み、弱るのを待って介護施設に入るしかありません。
それなら強制的にお酒・タバコから遠ざけることができる。*5
それまではお酒もタバコも、やめたくてもやめられない。そこまでの間に、タバコなら火の不始末のリスク、お酒なら酒気帯び運転のリスクがかなりあります。
今でもぼちぼち出ていますが、多分今後5年か10年くらいは団塊の世代老人によるこれらの事故はコンスタントにあるでしょう。家族にとっては悪夢でしかないですが、現状ではうまい解決法はないと思います。みんな困ってる。

* * *

この「手遅れ」感は、本人の見積もりの甘さと現実のシビアさという点で、少し歳の行った女性の婚活の心理に大いに重なるところがあります。
と、書くと、該当する方々は気分を害されると思いますが、35歳の未婚女性が5年以内に結婚する率は20%程度。これは恋人のいるいないに限らずなので、婚活中の方は成功率はさらに低いはずです。
でも、70歳以上の禁酒・禁煙成功率は、まあそれ以下っつーことですよ。

*1:特に問題飲酒患者に多く接するはずの肝臓内科の先生でも、こういう診療フレームを知らない方も多いです。

*2:その態度が本当に患者さんのためになっているかといわれるとよくわかりません。ただ受診しない人は概して悲惨なので、まあ役に立ってるんだとは思いたい

*3:幸い、うちは80床クラスの中小病院ですが、公認心理師が四人います。しかも優秀です。精神科はいませんが、物忘れ外来があるからなのですが、アルコール依存の治療にも大きく貢献してくれています

*4:若い方でもアルコールで完全に脳がぶっ壊れ、失見当識というか、もはや時間の概念がかなり失われている人もいます。精神科?行かないですねぇ…行ってくれないです。

*5:あるいは、もう禁酒・断酒を諦めて、少量だけでもお酒のんでもいいグループホーム「アルコールワンダーランド」でもやろうかな、と思う時もあります。人生の最末期に、断酒による苦しみを与える意味があるのか、と思う時もあるのです。