半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

コロナウイルスの騒動とミニマリストへの一石

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というわけで、出張の多くもキャンセル、家に篭っている。
ことの他、静かな生活をしている。
コロナウイルスの一連の騒動で、色々な会議や出張は軒並み中止になってしまった。
今週は大阪で毎年開催される医療・介護関係の見本市、『メディカル・ジャパン』がインテックス大阪で行われる予定だった(というか、行われている)。
ビッグネームの講演も多数開催される。
新しい情報を得るため、毎年1日は顔を出すようにしていたが*1、この祭典はとにかく巨大で数万人規模の参加なのだ。
毎年シャトルバスも激混みである。
なので、さすがにこの情勢を鑑み参加をとりやめ。

* * *
「おまえ医者なのに忙しくないんか?」と言われるとあれなんですけれども。
 私は中国地方の地方都市にいるので、コロナウイルスの騒ぎからは少し遠い。
*2
外来も、2月末時点ではあまり騒動にはならなかった。

私はテレビはあまり観ないが、垣間見るだけでも、かなり非科学的な責任論が跋扈している。
マスコミは持ち前の「批判精神」で現状のありようを断罪し喧騒を拡大して、人々に不安と投射しているように見える。

それを反映してか、市井でのデマはひどい。
私は医師会にも関与しているし、市の感染症委員会にも少し関与しているので、確度の高い情報はいち早く得られる。現実的にこのエリアでPCR陽性確認例は、まだないのだ。
けど、外来で診察していると、声を潜めて「でも福山でもいるんでしょ?隠してるんでしょ?」みたいに言われる。
大いなる田舎での井戸端会議では、いろんなことが囁かれているみたいだ。
街で一番大きな病院には二人入院していることになっていたり。
ダイヤモンドプリンセスに乗ってた人が当地に居る、って話だったり。
外国人の多い工場で発生して企業立病院に入院していることになっていたり。
(怪我かなんかの救急車搬送で、その病院を提案したら「あそこはコロナの患者さんが居るからいやです」と患者さんに拒否されたりだとか…)

デマ、っつーもんの醍醐味をたっぷり味わうことができた。

まあ「大本営発表」である厚生労働省も内閣も、説明が一貫せず、また痒いところに手が届かないようには思う。*3
アメリカのようなCDC(疾病予防センター)とまではいわないが、当事者の科学者集団の声を適切に届ける部局は、確かに必要だろうな。情報を一本化した方がよさそうには思う。
一般のリテラシーとの乖離を解消できないから、大衆心理、情報リテラシーの専門家をチームに入れよう。よりわかりやすい情報提示をしたら、もうちょっと日本人も冷静になれるかもしれない。
岩田健太郎先生の言うごとくTransparency(透明性)とAccountability(説明責任)は諸外国に向けてのメッセージとしても重要だと思う。

安倍政権は、この点に関しては残念ながらあまり優れているとはいえないとは思う。*4

* * *

感染症アウトブレイクは古くて新しい話だ。
中世ヨーロッパにもペスト、黒死病の猖獗があったり、近世にもスペイン風邪などがあった。
もっとも、カミュの『ペスト』、『リウーを待ちながら』の酷薄さに比べると、今回のコロナウイルスは、随分マイルドなものに思われる。
halfboileddoc.hatenablog.com
(以前書いたBlog記事)

* * *

ところで、今回のような騒動に際して、ミニマリストはライフスタイルを見直さないんだろうか。
ミニマリストとは、持ちものを極端に減らすことでライフスタイルの幸福度をあげようとするスタイルである。みんな知ってますよね。
こういう考え方の嚆矢って、寺山修司なのかなあと思う。
『書を捨てよ、街に出よう』に今だったら「ミニマリスム」そのものという文がでてくる。
レコードをたくさん持つより、都会に住んでいるんだからレコードショップで視聴したり、ジャズ喫茶に行けばいい。本だって本棚にたくさんの蔵書を保管する意味はないんじゃない?書店が、図書館が、自分の本棚だと思えばいい。

要するに、都会生活を謳歌する際には、ストックは不要であることを高らかに歌い上げた一節があった。

実は、個人はともかく企業の多くはとっくに「ミニマリスト」になっている。
トヨタカンバン方式が代表的だが発注を受けてから作る。バックヤードに在庫を抱えない。
医療材料などにしても、SPDを使ったり、手持ちの在庫を極端に減らしてゆく方式が主流だ。そうやって効率性を高めている。

兵站が確保され、流通が円滑に行われている限り、このやり方は正しい。
効率性と冗長性はトレードオフの関係にあるからだ。現代社会は、歴史上でみるともっとも効率性の方に割り振った社会構築をしている。

だが、今回のような感染症で、社会が分断されたら?
流通やサプライチェーンの遅延が起こったらどうなる?
ストックのなさは、時に致命的になる。

ミニマリストは、都市や社会インフラに依存したライフスタイルであることを自覚する必要はある*5

正直にいうと、今回のコロナショックでの日本は、新興感染症に対する態度を世界に問われているわけで、実際の健康に対する影響は、やはり限定的にすぎないと、今でも僕は思う。*6
ただ、今後20年〜30年のうちに同じようなイベント(endemicな感染症がpandemicに移行する)は散発するだろうし、その中には、もっとやばいやつ、例えば薬剤耐性の致死性の病原菌だってありうる。
若年人口の2割が死亡しちゃうような強烈な感染症だってでてこないとも限らないわけだ。
その意味では、今回の騒動はこれで終わりではなくきちんと次に生かさないといけない。僕は阪神大震災では神戸にいて被災したが、あれが、東日本大震災の前に起こったのも、意味があったと、思っている。今回のも、次に生かさないといけない。「次」は必ずあるのだ。

今回のコロナウイルスを通じての教訓。
一つ。そういう「次の」感染症に適切な組織的対応をとれる体制は必要だ。CDCでもなんでもいいけど、科学的思考のできる人物に権限を集中させる仕組みが欲しい。
二つ。借金とかと一緒で、膨らんでしまってから対処するより、早めに叩く方がいい。日本型組織の弱点、合意形成に時間がかかる構造的問題は、やはり今後に不安が残る。
三つ。「ミニマリスト」的な考え方も、ちょっと考え直した方がいいのかもしれない。今後、グローバルな災害が起こり、流通が止まることは僕が生きているうちにも何度かあると思って構えておいた方がいい。

我が事で言えば、病院の中に、マスクや消毒薬のストックはもうちょっと準備しておこう。
BCPの観点で、在庫管理をもうちょっと見直さないといけないな。と思った次第だ。

*1:3日間ある。

*2:新型インフルエンザの時も、中国地方は国内では一番遅かったので、中国・四国地方というのはぶっちゃけ人口流動という見地からは田舎、ということなんでしょうね。

*3:だからワイドショーは専門家というにはいささか怪しいコメンテーターに解説を発注し、その結果、やや斜めにそれた意見が流布する

*4:かなりオブラートに包んで言ったが、まあこれに反対する人はあまりいないだろう。なぜオブラートに包むかというと、あたしゃ政権与党支持者ですからね。やることはそれなりにやってるんだけど、説明やアピールは下手だね。

*5:もちろん、ストックそのものが役に立つわけではないから、余分な支出を抑え、自分の資産を貨幣から動かさない、ということならわかる。しかしこれは、例えば最終戦争であるとかハイパーインフレなど、社会基盤が根底から覆されるような事象になると、途端に脆弱となるだろう。ミニマリストには質入れしたり物々交換したりする着物すらない.

*6:風邪と酷似した感染様式と対症療法しかない時点で、攻め手はないのである。逆にいうと、攻めがない分「守り」に徹するしかない感染症である。PCRにこだわることには全く意味がない。極論を言えば、治療家にはPCRの権限を持たせず、疫学調査チームにしかPCR検査の権限を持たせない、とかですらいいと思う。