慢性期腎不全で透析せずにできるだけ保存期で引っ張る人も、非代償性肝硬変でできるだけ引っ張る人もうちの患者さんに沢山おられます。病状的には好転する期待もないし、最上の結果が、徐々に下降する線をできるだけ水平に保つこと。
いよいよ病状が悪化してくると、患者さんの状態は「外来以上入院未満」という表現そのものになる。
そういう人の管理は割と難しい。薬も、ようけ使ってなんとか状態キープ。
今の日本の社会を『衰退しつつある人口減少社会の果てしない撤退戦』みたいなフレーズで総括されたりもしますけれども、肝不全・腎不全の方の管理はもう撤退戦そのものです。
大塚製薬が出してる利尿剤にサムスカ(トルバプタン)というのがあります。利尿剤というのはおしっこを出す薬のことです。
僕は以前は患者さんにこう説明していました。
「職場の人が過労で倒れたら、同僚に『悪いけど、しばらく二人分がんばってくれないかなあ。』なんてことありますよね。
肝臓はタンパク質を合成するので肝臓が倒れちゃうと、タンパク質が減ります。そうすると腹水が溜まってきます。その腹水を治す方法の一つに、利尿剤があります。これは腎臓にすこし余分にがんばってもらって体の水分を余計に体外に出すんですが、当然、腎臓も疲れます。腎臓の機能は悪くなってクレアチニンっていう数値が上がっちゃう。
そのままだと、どんどん腎臓君も共倒れになって最後は過労死しちゃいます。肝臓も腎臓も悪くなった状態は肝腎症候群といい、これはなかなか難しい状態ですが、差し当たりは肝臓の仕事が回らない分をまず腎臓にがんばってもらい、時間稼ぎをします。」
今までの利尿剤というのは水分の排泄と腎機能の悪化がトレードオフの関係にありました。
失速しつつあるグライダーの速度と高度を保ちつつ、できるだけ長い滑空時間を保つ。
そんな気持ちで、患者さんの腎機能と体内の水貯留のバランスを取りながらQOLを維持し生存期間を延ばす、というのがこれまでの治療方針でした。
もちろん、腎機能が悪いと効き目が少なくなるわけですけれども、肝臓が悪くて腹水が溜まり、利尿が必要な状態には非常に合理的な薬なんです。この分野におけるサムスカの意義は大きく、これで腹水治療のストラテジーは一変した感があります。それほどのインパクトをもった薬剤だとは思います。
実際重宝しているんです。
ただこれが高いんです。高い!
ラシックスという今までよく使ってた利尿剤は、一錠10円とかです。
こなれたお値段で強い効果。すぐれものです。
アルダクトン・セララとかいう他の薬もまあ50円とか100円とかですよ。
それが、サムスカ。
なんと、7.5mg の小さい方1600円少々、15mgは2500円。
……アーハーン?
なにそれ死ねるってレベルですよね。
ここ最近は薬の開発費は非常に高くなっていて、その分、薬剤の末端価格も*2 例えばC型肝炎の治療薬とかも一粒6万とか、今でています。ほんま、6万て。
10円玉を6万円分横にならべたら一粒300m行くんちゃう?
グリコやーん、とか思うわけです。*3。
まあ、抗癌剤も、おしなべて高い。私一時期肝臓がんに対してネクサバールという薬剤を積極的に使っていました(ます)が、これも一錠5000円。
サムスカとかは慢性疾患について日常的に、つまり無期限に使用しうる薬。
特別なディナーが1万だろうが2万だろうが、それはさ、まあ許容できるかもしれないけど、毎日飲むコーヒーが1000円かかるとそらアカンでしょ。
なので、外来でも患者さんが支払いの段でびっくりしたり、2-3ヶ月経ってやっぱり続けられない、ということはしばしばあります。
もちろん高額療養費制度っていうのもあるけど、毎月飲む薬剤代だと、ボディーブローのように財布を脅かしていくんですよ。
で、問題は入院の時には、処方した我々にもブーメランのように帰ってくるわけです*4。
例えば、地域包括病棟でもDPCでも入院中の薬剤は入院基本料などで包括的に支払われるシステムですから、その人の内服にサムスカが入っていると、がばっと実入りの多くを持って行かれちゃう。
これだけの値段だと、サムスカ一錠で損益分岐点を割り込むこともあるわけです。
この前も慢性療養病棟に転院させたい患者さんがいたけど、処方リストの中にサムスカが入っているせいで断られてしまいました。
入院基本料をおびやかすレベルの薬価が最近ポロポロあります。
とても困ります。
もちろんルールのなかで最善を尽くすのが我々医療従事者のつとめなのはわかってますよ。
でもね、ここ最近の内服薬って、この今の制度が作られた時の予想を超えて高い。一日の食費を遥かに超える薬代ってなんなん?って思います。
やたらめったら強い武器が出回ってゲームバランスが崩壊したオンラインゲームみたいな感じなんです。