半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

新聞の価値

新聞の部数が急激に落ち込んでいるそうな。

http://news.livedoor.com/article/detail/9822428/

【2月25日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

新聞の発行部数がわずか1年の間に激減していることが分かった。

新聞の発行部数を調査する日本ABC協会が発表した2014年度下期(6月~12月)における新聞の発行部数一覧によると、中央紙各紙の部数は次の通りである。()内は対前年差(2013年度下期)。

朝日新聞:710万1074部(-44万2107部)

読売新聞:926万3986部(-60万4530部)

毎日新聞:329万8779部(-5万1587部)

日経新聞:275万534部(-2万5585部)

産経新聞:161万5209部(-2316部部)

そりゃそうだよ、とも思う。

ところで購入価格の中の媒体そのものの値段って結局どれくらいなんだろう?

もうちょっとわかりやすく言えば、今新聞を定期的にとっている人は、新聞を買っているのか、新聞紙を買っているのか。

* * *

例えば音楽メディアの場合は、今となってはアナログレコード(LP/SP)には、インテリアとしての価値も多少ある。ジャケットは、壁に飾ったりすることもできるし。

ではCDはどうだろう。

ジャケットは小さいのでそれほど大きな付加価値を生まないが、限定版とかにはいろいろおまけが付いてグッズとしての価値はあるかもしれない。そういえばAKBの握手券も同様に付加価値を上げる努力をしているね。しかし純粋なメディアとしてCDのディスクそのものにはほとんど価値はない。ベランダに吊るして鳥よけになる程度の価値だ。

だからアメリカの合理的精神の中では、CDはほぼ絶滅しているし日本でも数年遅れでそうなりつつある。

私もまあまあの音楽ファンであるが、今では、実際聴く際にはCDの音源を取り込んだメモリーから引き出して PCだったりiPodだったりで聴いている。

* * *

新しいメディアは、確実に輸送伝達のコストを引き下げる。

大昔は、お互いに会わないと考えていることを伝達できなかったのが、電話ができたら、そこまで行く必要がなくなった。そうすると旅行をするコストが必要なくなった*1

ダウンロードすることによって物理的に何も動かさずに音楽そのものが再生できるのであれば、その媒体をトラックに乗せたり船便にしたり、物流機構に乗せてわざわざ運ぶことは、エネルギー効率という意味ではものすごく無駄だ。

著作権の付与とか、そういう観点を超えたそういう視点で考えれば、CDや書籍は、やはり電子化の流れを避けることは難しいような気がする。昭和のある時期、大量に書籍が作られて大量に全国に流通していた時代を振り返れば、少しさびしい気にもなるが、それがあたりまえだったあの時代がむしろ異常なことなのだと思う。あれはすごく環境を破壊していたことは間違いないのだから。

* * *

しかし新聞は、それとは様相が大きく異なるところもある。

ニュースの伝達という意味では、テレビやネットで済む。それは本やCDなどのメディアと同じなのだが、新聞紙は、登場が古いだけあって、さまざまな利用情報の蓄積がある。

ちょっと調べても

新聞紙の活用法→http://m3q.jp/t/376

お客様に聞きましたあるある、こんなに面白い新聞活用法→http://www.hirotarian.com/katsuyouhou5.html

何かと使える、新聞紙の意外な使い道(Naver)→http://matome.naver.jp/odai/2138035044507919801

とか。

つまり新聞紙はただの「ニュースを印刷した紙」以上の意味をもち、生活で普段使う紙類として確固たる地位を築いているのだ。

これらの既得の「新聞紙」の役割は、CDに比べるとニューメディアへの交代を阻むことに間違いなく貢献していると思うが、しかしやはり地球環境に対しては無駄といえば無駄だろう*2

いずれは緩やかに、環境負荷がより少ない手段に移行するだろう。過渡期の現象としては新聞は、少なくとも日刊じゃなくなったり、一日あたりのページが少なくなる(そして、いずれはゼロになる)。

 未来の我々は、昔新聞紙を使ったかわりに、今の新聞紙のようなそれっぽい紙を、その頃のダイソーみたいな店で買っているのかもしれない。昔浮世絵が包装紙に使われたように。

*1:もっとも情報伝達に関してはコストを切り下げる、というよりは、コストが下がった分、情報伝達を増やす方向にも動くとは思う

*2:その無駄は、印刷業界や新聞配送という膨大な雇用を確保しているとも言えるわけだが