半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

アミノインデックス

(これは、少し前に別のところで書いた文章を、加筆修正したものです)

 自費検査ではあるのですが、当院では2年ほど前からAICS(Aminoindex for cancer screening)という検査を導入しています。アミノ酸分析というのは、タンパク質の中のアミノ酸の比率を調べる検査ですが、血清中のアミノ酸のパターンから癌のリスクを推定するという検査手法です。検診的のオプション枠で2万円強でやってます。

(詳しくは→アミノインデックスのページをどうぞ。)

 なんだかうさんくさいですね?

 20種類のアミノ酸の配合比率だけから体の中の癌を検出するなんてことが本当に可能なんでしょうか?

 アミノ酸はタンパク質の原材料で、タンパク質は20種類のアミノ酸の一次元的な配列で構成されています。簡単に言えば、タンパク質は20種類の文字で作られた文章のようなものです。だから、アミノ酸分析というのは、英語の本を1冊とりだして、その中の文字をカウントして、アルファベットの比率を調べるようなものです。

 それで、はたして名作か駄作かがわかるでしょうか?*1

* *

 この検査のキモは「理屈はわからないけどやってみたらいいじゃん」と実際に数千例を集めて解析したデータを用いていることです。はやりの「ビッグデータ」の統計手法に似ていますが、コンピューティングの発達により、一見ノイズにしか見えない多様で複雑な巨大なデータから人間の推論や予想を超えて結果が導出される。

 この前の衆議院選挙の予想も、出口調査や、事前アンケートよりもYAHOOのビッグデータでだしていた事前予想が最も一切の結果に近かったですね*2

 もちろん現時点での検出力には限界があって、アミノインデックスで「高リスク」と判定された群ですら、その時点での癌の有病率は1%程度しかありません。その意味では便潜血検査にも劣るわけですが、ただリスク比でいうと5倍から10倍の検出力があります。ピロリ菌陽性の胃癌のリスク比が5倍くらい(少し古いデータですが)ですから、悪くない数字ともいえます。アミノ酸分析という従来のがんリスクファクターのリスク因子と全く独立した手法でリスクを算出する、というのは、比較的興味深い現象です。

 腫瘍マーカーしかり、話題のmRNAしかり、採血で癌を早期発見するには基本的には癌が分泌する微量の分子を検出するという手法をとります。癌の早期発見が難しいのはそこで、ごく微量だと偽陽性が高いし、カットオフラインをあげて信頼度を高めると、進行した状態が増えるので、早期治療に結び付けられない。

 たとえ進行癌であってさえも、癌は正常の体細胞に対して量としてはごくわずかです。だからがん細胞そのものが血液中のアミノ酸の総和に変化を起こすのは推論としても無理があります。

 ではアミノインデックスは全く棄却されるジャンクデータか?とかんがえると、そうではなくて、おそらく癌そのものよりも癌を引き起こしうる母地を見ている可能性が高いと思います。

 つまり将来的ながんリスクを見ているのではないかと思っています。

 ただ、手法的には長期経過観察した母集団のデータが今はないので、便宜上今ある癌のあるなしで区別しているのだとは思いますけれど。

 検査としては、感度も特異度も低いので、現時点ではSpPinもSnNoutも満足できるレベルとは、僕も思えません。

 保険診療で行われる各種がん検査におきかわるものではなく、保険診療化されることもないと思います。現時点ではまだ、あまりいい検査とは言えない。

ですが、検査は採血だけで、特殊な装置を必要としません。将来的にデータが集積されればもう少し多彩な疾患を予想することができるかもしれません。現在は男性4種類、女性5種類の癌にしか対応していませんが、希少な珍しい癌や、個人的には膵癌が検出できれば、検査としてのうまみが一段階あがるのになあと思います。

*1:実は音楽の世界では、データだけ出して、この曲がヒットするかどうか、というアルゴリズムがあり、それなりに妥当性はあるようです。『アルゴリズムが世界を支配する』より

*2アイザック・アシモフの『投票資格』という短編で、それが極まった未来の話がありました。投票による全数調査のない未来。ただ一人の選挙者がコンピュータに選ばれて、その人一人が、コンピュータにいろいろ質問をきかれた結果で、大統領選挙の結果が決まる。要するに選挙前の調査の信頼が極度に高まるとそうなるだろうということです。