「それはどうも失礼。昨今新鮮なアンチテーゼになんてまずお目にかかれなくなっちゃったものだから、つい用心深くなってね」
さもありなんといわんばかりに給仕頭は目を細めて肯いた。
「まったくそのとおり、おっしゃるとおりですな。たしかにこの十年ばかり新鮮な大ぶりのアンチテーゼがすっかり採れなくなってしまいまして、大抵の店ではインド産小アンチテーゼの冷凍ものでごまかしているような状態です。しかしインドものなんて、あれはとれもアンチテーゼとは呼べない代物です。汁気も少ないし、苦みに品格がありません」
「そうだね、たしかに……」
ところで、僕にとってのそれは、干し柿なのだ。
きょうび、干し柿を日常的に(カロリーを摂取する目的で)食することはまれだ。腹をふくらかす為に干し柿を食べる人はあまりいるまい。
あくまで季節を感じるため、舌にふれる程度に食するか、もしくは全く食さないか。
もはや嗜好品に近く、端的に言えば、それゆえに、干し柿は贅沢品ともいえる。干し柿なるものは、いまやそのようなものに成り果ててしまって久しい。
スーパーで売っている値頃な干し柿のほとんどは中国産である。和物は、えらく高い。
7-8個つるされたようなもので、1000円を下るものはまずあるまい*1。一方、中国産では同じものが半額から1/3以下で手に入る。
味は、どうか。
というとこれが判断しにくい。
少なくとも、国産の干し柿と中国産の干し柿に画然とした違いがあるわけでもない。
はっきりいっちゃうと、干し柿なんて、そんなうまいもんじゃないよな。
でも、中国産の干し柿は、なんか、いやだ。
「素材の味をそのまま活かしている」ような食べ物の場合、混ぜ物に気づきやすいが、干し柿の場合、素材の味……ではないよね。そもそも干し柿は渋柿を干す事によりタンニンを不溶化し、渋みを消しているわけだから、非常にローテクノロジーではあるが、ケミカルフードの元祖のようなものなのだ。
だから干し柿って、なんかそういう風に極端な化学物質が入っていても、気づきにくいっていうか、しようと思えば生の果物よりもやりたい放題できる。
で、中国の場合、そういう「やりたい放題じゃないか」という漠然とした悪い予感に対してそれを払拭するような信頼は得にくい。実際そういうおそろしいことは往々にして当たるのである。
(まぁ、昨今の『食品偽装』なる話を聴くにつけ、じゃあ日本のものが信頼できるかといわれるとアレなんですけれども)
ともあれ、Locavoreな私は、地元の産直市場で買った様な干し柿をもむもむと食す。
しかし一体、うまい干し柿というのは、どういう味がするのか?
究極の干し柿はどういうものなのだろう。
どういう味が、干し柿にとって、最高なんだろう?
ところで、最近の干し柿はジューシーさを残した「あんぽ柿」といわれるようなものが人気を博し、主流となっている。高級品に限らず、できるだけ乾燥は少なめで、時期の早いものが出回るように見える。
が、僕は、昔からある、かっちんかっちんで、表面に白い粉がふいているようなのが好きなのだ。噛み切れない、みたいなやつが。おいしくないけどね。
鏡餅のお飾りに、こっちこちのいまひとつな干し柿があるけれども、ああいうのが好きなのだ。
尤も、きょうびは、あれはお飾りとして作られていて、食べることもあまり想定されていないっぽいので、あれこそ、食べたら死ぬと思う。
*1:高級なものだと一個当たり400-500円するものもあるようだ