半熟ドクターのブログ

旧テキストサイトの化石。研修医だった半熟ドクターは、気がつくと経営者になっていました

『ダメになった王国』

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あつはなつい。2020年。

コロナ、コロナ、コロナ……(COVID-19, SARS-CoV-2)。
コロナウイルス、じわじわ感染拡大してますね。これで第二波なんてない、というのはちょっとどうかと思うなあ…
COVID-19、自分では診療してないのであくまで仄聞だが、病態は非常に興味深いね。特に重症例。

コロナウイルス属って人間界にありふれたウイルスなのに、今までほとんど研究対象になってない。
死ぬ病気でもなかったから、興味本位で研究しても予算もつかなかったのだろうけれど。

だから今回のコロナ禍、アカデミアを擬人化すると「今まで勉強していなかった分野が試験に出た!」みたいな感じなんじゃないかな。
コロナは人間界の盲点を突いた。

今回のSARS-CoV-2ウイルスの研究を通じて、旧型コロナウイルスの研究も進むんじゃないかと思う。
例えばコロナウイルスの感染が、膠原病とか、もっと予想もつかない疾患の発症トリガーになっていた……とか発見されても驚かない。
何しろ、今までろくに調べていなかったのだから。
答え合わせは数年後かなあ。

* * *

当院は80床の中小病院。
基幹病院に比べて高度な診療をしているわけではないが、介護的な観点、社会的な観点で難問を抱えた患者さんはむしろ多い。*1
その場合、入院中の診療もさることながら、問題は退院してから。どうやって安定した在宅生活を維持できるか、に知恵を絞る必要がある。
このミッションの場合、主役は医師ではなく、社会福祉士(MSW、ソーシャルワーカー)だ。

何人も見ていると、難問自体はいくつかのパターンに集約されるのだが、そういう一つのパターンに『ダメになった王国の王様(または女王様)』というものがある。

ダメになった王国

昔、自営業だったり中小企業の社長であったり、一国一城の主人だった人。
家族の中で家長だった人。
自分で意思決定して、他の人を指図していたような人。
つまりは自分の築いた王国の中で、『王様』(もしくは女王様)として振舞っているような人。

こういう人の中には、プライドが高くて、他の人に指図されることを極端によしとしなかったような人。
「わしは聞いてない」とかいって、他の人の発案を潰せるような人。
他人の助言も、他の人の言うことに従うのは沽券に関わるのか、一旦は退けて、少し時間が経ってからあくまで自分で発案したかのように言い出すような人さえいる。
とにかくイニシアチブを握っていないと気が済まない。
そういう人が世間にはいる。

こういう人が、認知症になったり、大病を患ったりすると、どうなるか。

こういう人は、自分の判断力が衰えても、自分の決定権=王権を手放さないのである。
家族の言うことも聞かないし、医療者のいうことも聞かない。*2
何十年も「王様」して振舞っている人には妙な全能感がある。
自分の体がよくならないのも、自分の体のためであると見なさず、よくならないのは医療者が怠慢か無能力である、と決めつけたりすることもある。余力があればドクターショッピングを行い、元気がない場合は、医療者の言うことを聞かなかったり、へんな代替医療に走ったりもする(要するに、自分の都合のいい意見をいう人に巡り会うまで「チェンジ」を続けるわけだ。リテラシーなどはとうに失われているか、もともと無かったりする)

こういう人。
家族がいる方の場合は、本人は家族の無限大の助力を当然に要求し、感謝もしない。
 家族は、あごで使われていて、気の毒だったりする。
もしくは、もう家族に見放されて、独りであったりする人もいる。
王国を失っても、王様然と振る舞う人は、いる。
自分の能力のほとんどを、いかに人心を操作して自分の望むように動かすかにだけ注力して、自分で何かをする能力を全く涵養してこなかった人は、どんなに窮地に陥っても、人に命令することしかできない。

そういう人が、いるのである。
自分では何もせず、他責的な人にとっては、老いの坂そのものが試練だ。
 我々の所にくる時点で、多くは落魄している。
ただ、その人の周りに従者然として存在している。
逃げ遅れた「いい人」が。*3

* * *

ちなみに「駄目になった王国」というのは、村上春樹の掌編にそのもの『駄目になった王国』(『カンガルー日和』に収録)から名付けた。
私はソーシャルワーカーの分野を系統的に学習していない。
だから、こういう人に対して『駄目になった王国の王様』という名前をとりあえずつけたけれども、この現象には、正式にはどのような名前が付いているんだろうか。もしよければ、ご教示いただければと思う。

解決策は難しいのだが、なるべく本人を傷つけずに現状を追認してもらうしかない。
ただ、どうしたって、現状と認知の歪みがある場合は、本人の自意識を引き摺り下ろす作業にはなる。
自分で降りてくれたらいいのだけれど、たとえ幻想であっても王冠というものはやすやすと脱ぐことは難しいものだ。

ダメになった王国には悲劇がある。
僕たちにできるのは、ダメになる前の王国で、王様然と振る舞う人に、そういう末路を見せて、今の傲岸な態度を改めてもらうことくらいだ。

*1:透析の基幹施設でもあるのだが、透析の患者さんはこれまた社会的な問題を複数抱えていることが多い。おまけに当院はもの忘れ外来もあったり、アルコール依存症の治療もしていたり…問題が大きい患者群が当院のターゲットである

*2:内弁慶で、医者の言うことにはその場では逆らわないが、自分の領地=家庭などでは好きに振舞っていたり、という複合技もある

*3:今風の言葉で言えば、こういう『王様』はテイカー、こう言う人に付き従っている人はギバーの典型なのかもしれない。ギバーでも、金持ちになれないタイプのギバーね。