
昨年度、うちの病院は営業収支がかなり悪くて、ああいやだなあと思う。
これは当院に限った話ではなくて、全国的な傾向ではあるのだが。
先日、医療介護業界の未来についての講義を聞いた*1。
将来推計による未来予想の話。
相変わらず「人手不足はDXで効率化しましょう」みたいな話だったり。
ま、建前上はこれくらいしか言えないのはしょうがないんですよね。
でも冷静に推計を見ると、働ける人の数によって決まる医療資源の供給量と、将来必要な医療・介護の需要量は、全然噛み合ってないんですよ。
受験生にたとえて言えば、今の段階では、ちょっとずつコツコツ勉強して実力を上げるしかないんだけど、しかし冷静に考えると志望校の偏差値には全くもって足りない、みたいな状態。絶望感しかないですね。
このままだと絶対どこかで破綻するのは誰の目にも明らかなわけですが、不思議なことにまだなんとかなっていたりもするのです。*2
田舎では既に始まっていた
個人的には「将来こうなります」はもうええねん。
「多分今のままでは立ち行かなくなります」は、わかってんねん。
もちろん一般にはまだ明らかにはされてないかもわからんけど、大枚はたいてこういうの聞きにきてる僕らにはそこは自明なこと。
問題はその困難な局面で何が起こるのか。
それに対して、どう防衛策をとればいいか。
それが知りたい。
ですけど、それに対して正面切って答えてくれる講演ってなかなかないですよね。
ま、崩壊は複雑系で、細部に至るまで予想することはできないですけどね。
「崩壊ってどんな風になるんだろうね?」って漠然と話していたら、人口の少ない地域で診療している先生と話してみると、「田舎はもう全然崩壊が始まってるよ!」って。
聞いてみると、本当にすごい状況でした。
医者のいない地域がどんどん増えてる。居るとて、地域の開業医も平均年齢が70歳超え。
介護も、たとえば訪問診療とかも、人口少な過ぎて、一日で回る人が少なくてペイしなくて困ってる。
夜8時以降はタクシーも呼んでも来ない。
タクシーもいないから。
だから飲み屋は困ってる。
しょうがないから飲み屋の方で車を出して客を送ってるとか。
そう。過疎化が進むと、都市部で当たり前だった「職業分化」自体が消滅してしまう、ってことだ。と気づきました。
なんでもやる人になる
人が減ると、専門職として成り立ってた仕事が成り立たなくなる。残った人たちは必然的に「なんでもやる人」になるしかない。
確かに医学の領域ではそうだった。プライマリはなんでも見れないといけないわけだし。
非医療の世界でも全く同じか。
でも、ふと思ったんです。
これって「百姓」の本来の意味に立ち戻ってるだけなのかも。
百姓って農民のことじゃなくて、もともとは「百の仕事をする人」つまりなんでもやる人って意味だったんですよね。
AIと組み合わせたら面白いかも
誰でもいないところでやったことない仕事をするというのは確かになかなか大変なことではある。
けど、AIが一つのヒントになるような気がする。一人でいろんな仕事をしなきゃいけない時に、AIが専門知識を教えてくれたり、判断を手伝ってくれたりする。AIと教育的なyoutube動画とかを組み合わせると、もしかしたら、かなり精度の高いレベルまでできるんじゃないでしょうか。
これって「百姓2.0」?
人口減少という課題は、最新技術が組み合わさって、意外と面白い未来が待ってるのかも。
都市部で高度に専門分化した文明の発展も、色々システムの不調や劣化で行き詰まってる中、地方は何もない分、新しいスタイルに活路を見出すことができるのかもしれない。
AIがあると一人で生きられるかも
映画「オデッセイ」で火星に一人残された主人公は創意工夫でなんとか生き延びることができた。ロビンソン・クルーソーも創意工夫で生き延びた。
普通の人は一人で生きていくことはできないが、しかし生成AIになんでも聞けるのであれば、現代のロビンソン・クルーソーは案外快適に一人の僻地生活を楽しめるかもしれない。
厳しい現実から見えてきたのは、案外希望のある話だったのかもしれませんね。
いや、そうでもないですか。
そうですか。